[ 自動書記文箭の記録より ]

人の居ぬ閑静な調理場に、誰かの囁きがひびを入れた。
それは誰の声であろうか。声のした銀色のシンクを覗き込むも、野菜や果物が転がっているだけである。

――野菜や果物が転がっている。

己はハッとした。それは今まで、どこにも無かったものだ。
ただただ磨かれた厨房には何も無かった。
本来あって当然のそれらは、今この場においては異質な物である。
それに。
己は思い出していた。以前行った事のある異世界――セルフォリーフでは、様々な有機物・無機物が住民の生活を脅かしていた。
ここ、メルンテーゼで無いとは言い切れようか。否。あってもおかしくないのだ。
それに、己は見た事が無いが、この世界の農場では自律する野菜果物が居るというではないか。

ああ、決まったも同然ではないか。

己が小さく溜息を吐くと同時。


「ここにはもう僕らしかいない！」
「調理されてばかりじゃいられないッ！！」


叫びと共に、意思を持った彼らが飛び掛ってきた。

『ここには“もう僕らしかいない”』――。
ならば以前は人なり何なりが居たのだ。調理する何者かがあったのだ。
それがなぜ、こんな静けさに沈んだ。


ゾッと、背中に戦慄がはしった。

先程から一言も発さずに、黙々と歩いている。