「今日はたこ焼きを作るよ」

　そう言ってミズリィはフライパンに油を浅く張った。彼女は何かを勘違いしているようだが、エルはあえて無視した。ミズリィは油が跳ねてもいいようにパジャマのような安い服にエプロンをしていた。エプロンには猫の肉球のアップリケが張りつけてある。

　いまエルたちは塔の攻略を進めていた。小部屋をひとつ占領して、そこを拠点にキャンプを張っている。魔法の携帯コンロに火が入った。どうやらミズリィは何かを揚げるらしい。

「あえて、何も言わないで完成品を楽しみにしてるよ。食べるかどうかは、そのとき決めるからね」

　エルはシャツ姿のラフな格好で、詰襟の修繕をしていた。戦いの中で傷つき、裂け目や穴が開いたりする。そういう時は、針と魔法の糸で縫うのだ。すると、まるで傷口が再生するように、衣服の綻びが元に戻る。そういう魔法だ。
　魔法の糸が馴染むまで1時間と言ったところだろうか。作業を終えて、エルは自分の肩を叩いた。猫背で作業をしてしまったせいか、肩がこってしまった。

　ふと脇を見ると、ミズリィが次のステップへと移っていた。どうやら小麦粉を水で溶いた、ドロドロした白い粘液。そこに卵を割って入れてさらにかき混ぜ、火にかけたフライパンの油の中へ投入しているのだ。お玉をうまく使って、丸いボールにする。

“それはたこ焼きじゃなくてドーナッツだよ……”

　エルは心の中で突っ込むと、自分の作業を再開した。詰襟に手をかざして、念を送る。すると、じわーっと暖かくなってきて、汚れやしみが消えていくのだ。洗濯する場所もない一揆の戦場では、こういった洗浄魔法が役に立つ。

　しかし、魔法はいくらでも便利であるだけではない。当然デメリットも存在する。エルのお腹が“ぐー”と鳴った。

「はぁ、だいぶ栄養を使ってしまった……何か食べたいな」

　エルはそう呟いてハッとした。ゆっくり脇を見ると、ミズリィが自慢げな顔でこちらを見ている。

「食べたいんでしょ」
「ま、小麦粉揚げただけならそう不味くは無いだろう……」

　そう言って、エルはカラッと揚がったたこやき……いや、ドーナッツを受け取った。

「アチアチ、揚げたてだね……いただきます。……！？」

　エルは驚愕した。中に何か入っている！

「ミズリィ、これはいったい」

「タコが無かったから、きゅうりを入れたんだけど……ほら、きゅうりの漬物拾ったでしょ。戦利品で」

「何でタコの代わりがきゅうりなんだ……」

「タコときゅうりは相性がいいから……」

　エルは眉間にしわを寄せると、ごくりと“それ”を飲み込み……ミズリィにデコピンを連打したのだった。

「きゃ、やめて、何するの！　やめ……執拗じゃない？　やめー！」