ロク（Eno.67）さんの日記の後のお話しです。


「…………」
　キーはゆっくりと両手を開閉させた。
　息を吸って、吐く。目は閉じて、視界を閉ざして、口端を上げたまま。
　同じ言葉を何度も何度も繰り返す。
　もう一度振り返ろうとして、その時。
「――――！」
　不意に、びくんと顔を上げた。
　空を見ているようで、空は見ていない。
　耳は怯えたように伏せて、ほんの少し瞳が揺れる。
　名を呼んだ。
　そうして、白いその姿は風のように掻き消える。


「キー」
「……キーエ」
　そこは思った通りの場所だった。
　キーエとキー、主人格と創られた存在が相対する、精神の世界。
　かたや、ただ静かに見据えるモノ。
　かたや、それを怯え怖がるモノ。
「“キー”」
　もう一度名前を呼ばれた事が、――怖い、と、思った。
　おそらく人間から見た龍とは、“こう”なのだろう。
　一切の情が無く、
　一切の暖が無く、
　一切の――そう、全てが、ない。
　“人間”を真似て感情を創られたキーにとって、少なくともキーエの事はそう思えた。
　最近、特に、キーはそう感じている。
　まるで叱られるように――それすら生ぬるいかのように、キーは顔を上げられない。
「願いは叶えた。けれど、君は自分で理解っているね。“間違っている”、という事」
「……キーエ」
「理解しているかい、それでも僕は断れないんだ。何故なら、僕達が龍であるからだ。僕達龍の造りは実に単純明快――」
「……りゅうは、おんぎをわすれない。りゅうは、かならずたいとうなものを、かえす。のぞみも、ねがいも、そして、」
「約束も決して違えない。だから、君が頷いたのなら全ては有効になる。――可笑しな事にね」
「？」
　おかしなこと。
　キーは首を傾げる。
「――でも、ないか。君は僕の一部、欠片。器を使用する権利を与えた存在。おかしいとすれば、“権利は与えていないのに”、といった所だよね」
「…………」
　――ごめんなさい、という言葉はすんでで飲み込まれた。
　癖のように謝りそうになったその言葉を言いたくなかったのは、友達の猫の為。
　彼を理由にしたくなかった。
　彼と自分が間違ってるだなんて思いたくなかった。
　だから必死に言葉を堪えた。
　そんなキーの耳に、冷たい言葉が降りる。

「失敗だ――……」

　そんな事無い。
　咄嗟にキーは言い掛けた。
　――そんな事無いのにと言いたい言葉は、キーエにとって、自分で自分を慰めるようなものだ。
　キーエが何を持って“失敗”だというのか、キーは理解していた。
　何故か、どこか、気付いてしまっていた。
　同時にそれが何より“失敗”を意味している事も。
「キーエ……」
「…………」
　キーはキーエに背を向ける。
　やはり言葉は飲み込んだ。
　
　知っている。
　キーエが誰より龍であろうとしている事も。
　それでも、自分を創ってしまった事も。


　キーはとぼとぼと扉を開けて、現実世界へと逃げ込んだ。
　空を見れば遠い。
　けれど、地を見ればきらきらしている。
　関わった誰もがそうみえる。
　それが、キーは何よりも好きだった。
　それが、キーエは何よりも“失敗”だと言い続ける。
「この世界じゃ、見る必要無いのに……」
　ぽつりと呟いて、ふとキーは隣に気が付いた。
「あれ、ちっちゃいどうほう？」
　見れば隣を歩くのは燃える焔の――とかげのようなモノ。
　キーは首を傾げる。
　“ちっちゃな同胞”と呼んだあの存在は、確か小さなドラゴンを象っていたはず。
（「変わって――きてる……？」）
　キーは空を振り仰いだ。
　空は、こんなに綺麗だったっけ？
　大地はこんなにも、潤っていたっけ？
　緑色の瞳に映る、森の中――キーはそれでも歩き出す。
　出口が解らない。
　出口？
　どこだろう、そもそも、

　―――ここは、“どこ”だったっけ……？

※次回以降、“キー”の様子が少し変わるかもしれません。それに気づいても良いですし、気付かなくても良いです。

続くキーが言う「こころ」をつくる、その言葉に首を傾げた。

理解をするには少々頭の方が弱かったようだ、理解できずに喚いた。

一方ぬいぐるみの方は感情と言う言葉を聞いて考えるようにしていた。

様子を見てグノウが怖かったんだろうとなんとなく理解する。