（※ENo.1640さんの前回からの日記とリンクしています※）




　住処を隠すための結界に足を踏み入れた、侵入者であるはずの人…
　だがその人の、周囲に溶け込むような気配の消し方、足音を立てない歩き方、さり気無い間合いの取り方…
　それらは皆、不思議と懐かしい名前を思い出させる。
　ルベドに再会してから少し感傷的になっているせいかもしれない。
　そうと悟られぬように意識して、朽葉は気持ちを切り替えた。



「…不躾に立ち入り、相済まない。…“これ”に呼ばれたものでな」



　冷静さを感じさせる男性の声がそう言うと、主のマフラーから発動したのと同じ術式が、自分の周りをふわりと回る気配がする。
　その気配を追って、朽葉は目を開いた。
　彼から与えられた名の如く、枯れた色の眼差しは動き回る蝶の霊気を辿って、やがて再び術者である男の方へと向けられた。



「彼に――カサネに、何かあったのでござろうか」



　声がした方向から男の顔の位置は凡そ把握できる。
　人の姿となったルベドと同じくらいの身長だろうか。随分と背の高い男である。
　朽葉の見えぬ目は更に彼の背後へと向いた。



（――…火の属性…エンブリオ…ではないわね…これは…）



　そこに静かに息づくもの。
　緩くうねり、こちらを見ている気配。
　それがどう呼ばれるものか、朽葉はよく知っていた。



「火の精霊憑き……では、貴方が“巳南さん”？」
　　


　主を案じる言葉と、聞き及んでいた特徴から照らし合わせて推測することはそう難しいことではなかった。
　朽葉の主である青年は殊の外友好範囲が狭いので、寧ろ容易であったといってもいい。
　初対面の朽葉が名を知っていることに疑問を抱いたのか、或いは警戒したのか、男から一瞬言葉に窮する気配がした。
　それを察した朽葉は精霊に向けていた目を閉じる。



「ああ、ごめんなさいね。あの子がよく貴方の話をするものだから…」

「私は朽葉。あの子を主とする花魄よ」



　エンブリオだと告げれば、巳南から納得したらしい気配がする。
　例え同じエンブリオであっても、外見特徴が一貫せず、同種と分かり難いのはよくある話だ。
　自分のように“外”から来てこの世界に順応したものや、人に近しい形をしているものもいないわけではないが、彼が朽葉の主の人となりを知っているのなら、見た目だけはヒトとさして変わらぬ女があの青年の傍にいることを疑問に感じたとしても無理はない。

　

「……あの子、先日の雨のせいで風邪を引いてしまって、昨日の夜から熱が出ているの」

「熱は高いけど、ただの風邪だから大丈夫。２〜３日で回復できると思うわ」



　巳南は、食生活の覚束ない主を案じて食事の世話を焼いてくれるような人だと聞いている。
　友の異変を感じてこうして駆けつけてくれたなら、無体なことはしないだろう。
　主もまた、珍しくこの人物には懐いている様子を見せていたから、恐らく声をかければ起きるだろうし、起こさなければがっかりするかもしれない…
　そんな風に考えると、朽葉は一つ頷いて。



「心配なら、顔を見ていく？」



　一歩足を引いて、背にしていた小屋の入り口を示して見せた。







　▼：to be next → Eno.1640

　

少女に声をかけてくれた青年の言葉を
聞き逃さないように耳を傾けて

あなたを真似て、小さな声で返事を返してみせる

カタリナの側に浮かんでいた星の欠片が
ふわりと貴方の側に寄りきらきらと光の粉をこぼす
それは貴方に触れると、雪のように溶けて消えた

貴方が不思議そうに視線をむければ、カタリナはにっこりと笑って

（そんな風に言ってから、だがあの店は…と、ふと目を細め）

（店主には悪いが、用は違う店で済ます方が財布には優しい…と、
ビックリした猫――もとい青年の気を解すかのように、僅かに肩を竦めて見せた）