崩れ落ちる鎧。
　肉体は煙のように天へ上り、後には空洞の金属片だけが残った。

「この鎧は、多少の魔力はあれど変哲もないものね」
　金属片の奥へと体を伸ばしたリリスが、一度息を吐いて言う。

「……そうか。僕達はこれまで、とんでもない勘違いをしていたんだ――」




　この一揆は何かがおかしい。
　否、おかしいのは一揆だけではない。このメルンテーゼそのものが、“異常”なのだ。

　情報を纏める為、こうして手記の形で残しておくことにする。
　もし再び記憶を喪ったとしても、こうして文字として残しておけば形になると考えたからだ。




　ネロスフィーネ＝アバドと契約を結んだ際、明らかにおかしいと思ったことが一つあった。
　その時は僕も物を知らなかった為「そういうものなのか」と感じたが、どうやらそうではないらしい。

　一揆とは、国を変える為に行うものだ。
　ネロのような、国を金で換算するような類の人間を深く関わらせるべきではない。

　なのに僕らは実際王都深くまで潜り込んでいるし、ラケルトなどの名の有る将軍と交戦した経験もある。
　こうなってしまったのは、この一揆が“外部から人を呼んでいる”からだ。

　外から人を呼びこむということは、国としては大きな隙を与えるということ。
　武力による抗議・申し立てではなく、クーデターを起こすということ。


　この一揆は、一揆ではない。




　ネクターが大きな力を持っているのは事実だ。
　だがこの件に関しては、間違いなく只事ではない何かが起こっている。

　クーデター紛いの一揆が発生しても、近隣住民はこれを止めようともしない。
　それは何故かと言うと、王のネクター徴収があまりにも苛烈だからだ。

　しかし王都内部の兵士たちから反乱が起きたという話は聞いていない。
　彼らもメルンテーゼに住む人間であれば、この一揆に呼応する動きがあってもおかしくはないはずなのだが。
　王には何か目的があり、兵士たちはそれを知らされているのかもしれない。

　唯一ベルクレア騎士団なる者達が独自に動いてはいるらしいが、ラウラ＝レ＝ファニュもこれと交渉することは叶わず、未だ彼らの目的は謎に包まれている。（そもそも彼らもまた、メルンテーゼの民ではない可能性もある）


　王の目的に関して、商人であるヒルア＝ン＝ドーンは二つの可能性を示した。

1：強力な外敵に対処する為
2：王がエンブリオに関する病に疾患している為

　リリスはどうやら、後者の可能性がそれぞれ高いと考えているようだった。
　強制契約エンブリオであるダンテック＝ノエルが、このメルンテーゼで実戦投入されたこと。これは王がネクターを集めていることと無関係ではないと思ったらしい。
「王は強制契約エンブリオという病を患っているのかもしれない」とは彼女の談である。





　この記憶が確かなら、ラウラ＝レ＝ファニュ（ローラ＝ピット）とメイドであるミラルカは、この世界とは別の地にて暮らしていた。
　吸血鬼が当然のように暮らす世界である《レブプリーク王国》。
　詳細は現在ネロに調べて貰っているが、メルンテーゼ出身の人に近い吸血鬼を見たことがないことから、別の分割世界であると考えて間違いはないだろう。

　しかしならば何故。
　何故僕は、ここにいたのか？

　ローラを除くピット家の人間を皆殺しにし、煙のように消えた始祖《カーミラ》は、何処へ消えたのだろう。

「君は、《時空跳躍者》なのかもしれないから」

　ある少年は僕のことをそう呼んだが、少なくとも事件が起こる前のミラルカは、ただの人間だったようだ。
　吸血鬼であるローラの血を吸ってはいたが、例えそれだけで不可思議な力を得られるものなのだろうか？
　仮に得られたとして、何故このメルンテーゼに来る必要があった？

　ダンテック＝ノエルがエンブリオであったことと、僕がメルンテーゼにいること。
　この二つには何かの意味があるのやもしれないが――。

　――答えはまだ、遠い。





　

　そういえば今度、風斬東やハーフヴァンパイアの姉妹と進行を行うこととなった。
　ネロ曰く「黒い騎士がたんまりネクター貯めこんでるらしい」とのことだが、果たして無事に済むのだろうか。

　この戦闘を終えたら、シェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』を手に入れる為の図書館へ行こう。
　リリスが、途方もなく大きな本の森を知っていると自信満々だったし。

一歩距離を詰めたのを見て、面白そうに笑い、刀を引き、鞘に納める。

片方の分身を消し、一人になり向き直る。

黒い笑みを浮かべながら、そう言ってのける。人に刃を向けた事自体は悪いとは思っていないらしい。

「・・・ここでは王の力の伝達が足りていないようですし。」

「パラダイス様の恩恵を受けたこのペスニャ様に敵うもんですかぁ！！」

「新王自身もエンブリオだと言われても信じられそうだ。」



――― カチリ

ただシオンは礼をするだけ