地下牢の先には、不死の王が居る――。
その情報が私達のもとに舞い込んできたのは、一体いつ頃の事だっただろうか。
初めて『それ』を認識した時の彼の表情を、未だに私は忘れられずにいる。

　彼は、ヘイアン＝ディヴァータは、吸血鬼狩りだ。
そして、それを完遂するための力を求め、この世界に来たと聞く。
なら、今日行く道の先にいる不死王を殺した時、彼は。

「……」

　今しかない。
彼と私の間にある冷たい隔たりを超えられるのは、もう、この時しか。
だから私は、言わなければいけない。私の心の中を、全て。

　きゅ、と相棒たる銀刃の柄を握る。
この刃と共に犯してきた過ちは、もう数えきれないほどになっている。
何人も殺め、差しのべられた手を『ブルート』で断ち切ってしまった。
だけど、今だけは正しい道を教えてほしくて、縋るような気持ちで力を込める。

　――その時、ふと。
地下深い牢の中に、僅かな風が流れるのを感じた。

「――」

　その風が運んだのか。耳元に、微かな声が聞こえる。
私はそれを聞いて、はたと立ち止まる。周囲を見渡せど、声の主はいない。
いや、当然だ。私の記憶にあるその声は。

「――」

　もう一度、聞こえた。今度ははっきりと。
それが何かを認識した時、私の目には堪え切れない涙が浮かんでいた。

「……ごめんね」
「ありがとう、頑張るよ」

　小さな声でそう呟くと、もう一度風が髪を擽った。
涙を拭い。まっすぐに前を見据える。迷う事なんて、ひとつもない。

　……さあ、殺そうか。
夜の王を、絶望を、私を縛る冷たい鎖を。

声も無く、ただヘイアンの後ろを歩く。

私はいつものように、すらりと短剣を抜き放つ。
血に呪われた銀の刃。その切っ先に地下牢の影を見据えて。

その刹那、不死なる王が咆哮する。
幾多の骨が動き始める音、闇の力がこの場を支配していく気配。
私は最後の言葉を飲み込んで、彼の者との交戦に備える。