*ENo.1195さんの日記と内容がリンクしております*

　名前を呼ぶ声。
　突きつけられたのは、見慣れた赤いフレイル。

「……彼女に、何をした？」
「うっわー最悪のタイミングじゃん……って、ちょ、ちょっと、いや、俺のせいじゃないからね？　ちょっと話聞いて？」

　見たことないくらい（と言うのは流石に大袈裟かもしれない）厳しい表情で、彼――ミハウは俺にそう言った。
　こんな風に武器を向けられるのは二度目だな、と思う。その時はここまで怖い表情はしていなかった。
　きっと、というか間違いなくコトカのことを探していたんだろう。で、この部屋に入ってきたのが、コトカが倒れてから直ぐのこと。
　本当に最悪のタイミングだな、と思う。うん。正直逃げたい。
　流石に砂袋は手放せない。これは俺にとっては命の次くらいには大事だ。けれども敵意が無いことをどうにか伝えねばならないから、必死で俺は両手を挙げた。
　と、そうしていたらウルヘアが一鳴きすると共に、俺とミハウの間に割って入った。落ち着け、って言ってるけど、これは彼には聞こえないんだろう。通じてくれることを祈る。

「……あんたのせいじゃなかったら、何なんだ。彼女がどうして、意識を失ってるんだ」
「あのさ、先ず俺のこと分かる？　……いや、分かってて武器突きつけられてたら流石に傷つくわ。ザントマン、って言えば分かるかな。コトカからはヒリアイネンって呼ばれてた」

　一先ずの危機は去ったらしい。ミハウは武器を引いて下ろした。
　俺に向けられる目と声は、未だ剣呑としか言いようが無いけど、まあ、無理も無いんだろう。
　さて、やっぱり俺が説明しなくちゃ駄目なんだろうか。ああ面倒くさい、何でこんなことに。大体ウルヘアが悪い。

「俺は、彼女と契約してから結晶の姿をしていたでしょ？　それを元の姿に戻そうとして、こうなった。生命力の使い過ぎ、って言えば良いのかな……いや、こんな悠長に話してる暇も無いな」

　ざっくり言えば、こうなる。
　つまるところ、彼女の自業自得ではあるわけだ。力量を見誤った、とまでは言わないけれど。それはいくらなんでも酷だろう。何せ、「本来なら」こんなに体力を使うことでもない。
　全く、森の主とやらは面倒くさい。
　ミハウはどうやら、俺の説明にある程度は納得してくれたらしい。困惑はしていたけれど、険は大分無くなった気がする。
コトカの傍らにしゃがみ込んで、心配そうに様子を見ていた。信じられないと言った様子で、呟きが漏れる。

「具現化で、倒れるほどに消耗するなんて……どうしてですか？」
「……ウルヘア、あなたさ、」

　話しても良いのか。そう思いながら、イヌワシを見遣る。
　頷きが一つ。
　はいはい、分かりましたよ。

「本来、コトカはエンブリオとは喋れない。それに、ウルヘア以外のエンブリオに、姿を与えることはできない。そのできないことをしようとして、できちゃったから、そうなった」
「そう、だったんですね。だから、あんな風に、結晶に……」
「……まあ、詳しいことは後でウルヘアから聞いてよ。ただ、そうだね、君にも知る権利はあるんじゃないかな。この子の、同行者なんだから」

　時間は無い。しかしこれは伝えておくべきだろうな、と思った。
　そのためにコトカはこうなったのだし、彼女が起きてからも、いつものようには居られないだろうから。

「この子の故郷の森は、恐らく焼かれたよ」

　俺には関係無いけれど。そういうことに、しておく。
　砂袋を担ぎ直して、コトカの許へと近づいた。
　砂袋にはしっかりとした重みがある。これなら足りるだろう。

「え……？　っ、な、何故ですか？　恐らく、焼かれた、だなんて、どうしてそんなことが、……コトカさんは、知って、いるのですか？」
「何でも何も、こういう事態だから。起こり得ることじゃない？　コトカは、……知ってるよ」

　正確に言えば、知ってた。でも、今ようやく知った。知ることを、俺とウルヘアが邪魔していたから。
　唐突過ぎる話だ。ミハウは酷く驚いていた。
　衝撃も相当なものだと思うけれど、それを無理やり呑み込んでるんだろうな、と様子を見て思う。食って掛かるように、混乱しながらも俺に細切れの疑問を投げかける。
　成る程、やはり自分の契約者は仲間思いの同行者を持ったらしい。

「さっきも言ったけど、この子の生命力は今、低下してる。このまま放っておくとまずい。……だから、俺はこの子と解約する。それで、大丈夫なんじゃないかな」

　砂袋を床に置く。紐を引っ張って、口を解く。白銀の砂が、舞う。
　何となく、その光景が、どこか他人事のように見えた。契約を解消するなんて、俺にとっても彼女にとっても、まあ、結構なことなんだけど。
　ミハウは色々と訊きたそうな様子だった。そりゃ、当たり前だ。俺だって同じ立場に立たされたら、多分そうする。

「……まあ、何だか唐突で悪いね。色々と。俺じゃなくて大体ウルヘアが悪いけどさ」
「……いえ。確かにたくさん、聞きたいことはあります。けれど、それは後で、ウルヘアさんにお聞きしますから。……答えていただけますか」

　ウルヘアはただミハウを見返していたけれど、否とは言わないし、言えないだろう。後のことは彼が片を付けるべきだ。

「そうしてくれると助かる。……俺はあくまで、当事者とは言えないしねえ。」

　砂が舞う。徐々に視界を埋めていく。
　そう、俺は当事者じゃない。コトカとウルヘアの森のことなんて本当に他人事だし、ここまで介入するのも本来ならおかしい。契約したのだって、利害が一致したからだ。

「俺は俺なりに、この子のこと気に入ってたから。まあ、宜しく言っといて」

　だから、悲しいなんて思わなくて良いはずなんだけどなあ。

「……あと、ごめん、って」

たぶん

あなたが幾度とそういうなら、それと人柄をざっと見た限り、本当に悪い人ではなさそうな。

自慢げに話す彼女の様子に薄く笑みを浮かべながら、ふふふと笑う。微笑ましそうな声。

にこにこと笑む。素直に言葉を受け取ってもらえて、満足そうにしていた。

見た目通り負けず嫌いなのだろう。
闘技大会での"敵"に関してはしっかりと事前に調べているようだった。

そういった人物の大半は、魔王と相対する勇者や英雄と呼ばれる存在のはずだが、嫌悪感は全く無い様子だった。
むしろ、好意や憧憬じみた感情がにじみ出てすらいる。

人物評など、自分の感情や印象を言語化するのは苦手だろう――。
そう思っていたコトカの口から語られた、ミハウという人物の一端、出会いの経緯を聞いて、優しく笑った。

声にからかうような響きは無い。
尋ねるのではなく、確認するでもなく。そんな事を呟いた。

疑うこころ。

ふふんと自慢げに笑っていたが、コトカが話し始めれば言葉を止めて。
ジッと見返される瞳に、視線を合わせる。

それで。
息を吐く。

だから大丈夫だ、と、やんわりと断る素振りを見せて。

そんな話をしながら料理を勧める俺たち。









ゴオオオオオオ！！(火力MAXの時の音)

なんてひとりで騒いでいたら怒られた。
俺はそんなに悪くないと思うのだが。

俺は野菜を包丁でつきさし、コトカに見せた。

敵を一瞥して、前へと、進み出る。
深呼吸を１つ、くるりと武器を回してから構え。