※前回の日記のちょっとした続き。⇒[http://urx.nu/bRsE]

・前回の攻城戦の続き。イェジ視点です。
　E-No.1196　コトカ・ラヤヤルヴィさんと少々内容がリンクしてます。
　合わせてお読み頂ければ幸いです。



*****


前王の娘（要するにお姫さんってことになンのか？）の良く分からん気まぐれで、ヴァルキリーとの戦闘に巻き込まれた。
見定めるだの、力を持つべきかだの何だの言っていたが、生憎、こっちの馬鹿はそれどころじゃない。
終わるなり、お姫さんに嬢ちゃんの行方を尋ねたが、申し訳ないのですが存じ上げません、との一言で、空振りに終わり。

それから、だ。


「……、どこに、行ったんだろう」


ため息に混じる呟きは、ひどく途方に暮れていた。
時折、目を窓や扉、開け放たれた室内に向ける以外は、先程ヴァルキリーとの戦闘で見せた気概など、欠片も感じられない。
お姫さんの部屋を出てから、この阿呆の落ち着きのなさは目に余る。
心配なのは分かるが、嬢ちゃんも一端の一揆参加者。ここまで一揆を生き抜いてきた実力は、コイツもよく知っているだろうに。


「ンな心配ばっかしてどうすンだ阿呆。お姫さんとこにも居なかった、つーことは、まだどっかの部屋にいンだろ。……探索に手間取るような部屋があンのかもしンねェぜ」
「そうなら、……そうでも、心配なものは心配なんだよ」


仲間、だから。そう付け足しながら、フレイルを持ち直す。
まだ言い慣れないように、躊躇いがちに。
素直に言えるまでには、まあ進歩したらしい。それにしても酷く心配そうではあるが。
それきり黙ってしまった奴の後ろを歩きながら、辺りの気配を探る。
薄いものの、あちこちで魔物らしき気配と、僅かに違うエンブリオの気配がする。襲いかかってくる気は今のところないらしい。
こンだけあちこちうろついてりゃ、存在に気付いていないわけでもないだろうが、敵意を向けてくるようなヤツは居ないようだった。

不意に、かすかな風が吹いた。
何処かの窓でも開いているのかもしれない。
肌に触れた風が、やけに涼やかに感じるのは、こンなボロボロの陰鬱な屋敷の中をひたすら探索しているからだろう。
嗚呼、こンなとこに長く居たら、はらわたの中まで、腐っちまいそうだ――


「……、おイ？」


軽い衝撃に、少し下へ目をやる。草色の頭が、俺の前にあった。
何を思ったのか、急に立ち止まった馬鹿は、謝りもせずに前を見ている。


「何ボサっと突っ立ってやがンだ阿「静かに」


制止するように、真っ直ぐに伸びた腕。
思わず眉間に皺が寄る。が、先程までの落ち着きのない声と打って変わった低い声音に、仕方なしに一歩退いて問う。


「何かあンのか？」
「……風が」
「風ェ？」


風ごときで立ち止まったのか。
焦るあまり気でもおかしくなったンか、こいつ。


「ンなモンさっきから吹いてンだろ。どっか近くの窓でも開いて」
「開いてない」
「……は？」


一歩前に踏み出て、振り返ったミハウの目は、まったくの正気だった。


「開いてないよ、イェジ。この屋敷に入ってから、探索した範囲では一箇所も開いてない。
この辺りの部屋の窓も見たけど、開いても、破れてもいなかった」


本に書かれた話でも読み上げるように、淡々と言ってのけた奴は、すっと、近くの窓を――外を、指し示す。


「それに今日は、風も吹いてない」


外に広がるのは、長らく放置された庭園だった。
手入れされない庭木の枝葉は、眺めている間、微かほども揺れない。


「……ンなら、この風は」


真っ直ぐに続く長い廊下。応えないまま、その先を、ミハウは見据えていた。

――風が吹く。窓も開いていないのに。

目を凝らして見たところで、他の場所と何か変わりがある風でもない。
ただ、少し先に、この廊下と垂直に交わる廊下があるくらいだ。

――風が、頬を撫でる。

その一瞬に感覚を研ぎ澄ます。
肌に触れる風は、……見知った『匂い』がした。

そして。


「――ウルヘアさん！」


こもった湿っぽい空気を、切り裂くようにして飛ぶイヌワシ。
見間違えようはずもない。
嬢ちゃんに続く手がかりとして追うならば最良の、彼女が契りを交わしたエンブリオ。
角を曲がった後、真っ直ぐに奥へ飛び続けるウルヘアは、ミハウの声に気付いた様子もない。
このままでは、見失う。


「追うぞ！」


ミハウが頷くのが早いか、床を蹴りつける様にして駆け出す。
アイツがこちらに気付かないほどに急いでいる。それは、嬢ちゃんに何かあったことの証明でもあった。

追っていけば、まるで迷路のように、障害物で遮られた廊下に出る。
隙間を上手く掻い潜って飛べるウルヘアとは違って、俺たちは（特に俺は上背があるせいで）迂回せざるを得ない。
いつもの姿になりゃ抜けれなくもないが、この馬鹿を置いていくことになる。回収も面倒臭ェ。
まだ、何とか追えてはいるが、先を行くウルヘアの姿を見失わないようにするので精一杯だ。


「……向こうか、ったく、テメェと分かれてから、どこまで踏み込んだんだ嬢ちゃんは」
「ならこっちの道が近い、……分からないよ」


ミハウの指し示す道を辿って、ただ、走る。何度も見失いかけては見つけ、障害物に阻まれては見失うのを繰り返しながら、先へ進んだ。
それでも、ごちゃついた廊下を抜けた時には、ウルヘアの姿はもう視界から消えてしまい。
目の前に並んだ扉と、続く廊下に眉根を寄せて、ミハウがこっちを見上げる。
さっきまで見せていた淡々とした様子が嘘のように、焦りを表情に滲ませていた。


「イェジ、どっちに行ったか分かるかい？」
「……こっちだな、この奥」
「分かった」


気配を辿りながら、歩を進める。
前にこいつを追いかけた時は、身に付けていた髪結い紐の匂いと、エンブリオとして結ンだ契りの気配を手繰れたこと、
そして、こいつの歩みが遅々として進まなかったのもあって、容易く取っ捕まえられた。
だが、今回はまた話が別だ。
契約関係でもなく、また敵地のど真ん中、魔物やエンブリオの気配がうようよしてやがる中から、見知った、微かな気配だけを辿るのはなかなかに骨が折れる。


｢……ったく、何やってたンだあの馬鹿鳥｣


普段、偵察や見回りの名目で俺もウルヘアも、こいつと嬢ちゃんの側から離れて行動することは多々ある。
だが、逸れたうえ、更に二手に分かれるというのはどうも腑に落ちない。片方がミハウを探し出して合流するにしても、こんな場所で、動き回るもう片方とどう連絡を取るのか。
もしかすれば、離れていても意思疎通が利くのかもしれないが、ンな光景を見たことがない俺には分からねェ。
加えて、ウルヘアから言い出したわけはねェだろうから、嬢ちゃんの方から分かれて行動するように言ったのだろうが、ならどうして嬢ちゃんはウルヘアを側から離したのか。

ああ、分からねェ。
嬢ちゃんは無事なのか、それとも。


「この先、か」


やがてたどり着いたのは、僅かに開いた扉の前。
その先に、追ってきたウルヘアの気配と、曖昧で掴みにくい気配。
嬢ちゃんがいるのなら、もう少し分かりやすい気配がするだろうに、澄ました感覚ですら、扉向こうの様子を掴みきれない。
だが、ウルヘアが留まっているのだから、恐らく此処が目的地のはずだ。
隣で様子を窺っていたミハウが、前に出る。フレイルを握り直し、扉の取っ手に手を掛けた。


「……行くよ」


開きながら、俺たちは、躊躇うことなく踏み込み。そして、その先の光景に、すぐに足を止めることになった。


「っ、コトカ！」


切迫したミハウの声音が、部屋に響く。
まず目にしたのは、ウルヘア。
そして、床に倒れ伏した嬢ちゃんと、――久方ぶりに、姿を現したザントマン・ヒリアイネンの姿だった。

気遣うように一度、コトカのほうを見やるも、すぐに視線は前へ。
一歩、いつものように進み出る。
深呼吸を１つ、くるりと武器を回してから構え。

　チョンチョンにドン引きしながら、杖をぎゅっと握りなおした。

息をついて、武器を下ろす。
辺りを見回して、危険がないことを確かめると、仲間の方へ振り返った。

ぱらぱらと、手帳を捲くって、目当てのページを開く。
少し雑な字で綴られた走り書きのレシピ、冒頭には「ヨーグルトを使ったカレー」、とタイトルが。

目標が定まれば、行動は実に素早い。
――一時間と少しで、料理は完成した。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた