どういう風の吹き回しだ、と尋ねるロザリアに対して鴉天狗は『沈黙は美徳だが、場合による』と語る。

「言葉を語らぬという事は素性を明かさぬという事、隊が違うために大した話をしたことはなかったと思ってな」

　疑念は信頼のためにあると鴉天狗は笑む。言葉がいらなくなるまでは理解が必要で、そのために言葉を使って自分を明かそうと。

「それでダメだったら仕方ない、好くも嫌うも好きにするがよい」


　口元に扇子を当て、鴉は自らと仲間たちの事を語り始める。

　鴉天狗はアデルたちと隊が違う、それどころか拠点に置ける住処すら離れていた。
　アデルたちの拠点は峡谷の奥深くにあり、空飛ぶ幻獣を駆るか、転送手段を持たなければたどり着く事すら苦労させる。
　峡谷には遺跡があり、その遺跡の一部である廃塔がアデル達の本拠地だった。

　峡谷は緑が深く、注意しなければ遺跡の存在を見落とす事すらある。遺跡の一部には山からの水が流れ、遺跡を横切る水の流れは神殿を経由して森の方向へと届く。
　殆どのメンバーは塔の中に部屋を置いていたが、高いところを苦手とする一人は塔近くの神殿に、精霊に近い性質を持つ鴉天狗は石造りの建物を嫌って森の中に住居を構えていた。

　住居が離れているからといって彼が他のメンバーと疎遠な訳でもない、寝る場所を各自好きな所にしているというだけで、鴉が塔を訪ねることも、その逆も少なくはなかった。
　森の一部は薬草園になっており、塔のメンバーには薬草を必要とする人間が数人いる、毒を仕事道具として使うエルフだったり、ウィザードとして生業を立てている引きこもりだったり、後は人見知りな墓守とかだ、気が向けば森にある鴉の庵には誰かが立ち寄り、挨拶を交わしている。

　―――拠点の中では各自好き放題に過ごしている、そのためメンバー同士が顔をあわせるのはどちらかと言うと仕事中の方が多いかもしれない。
　基本的に面子は固定されていたが、都合によってメンバーが融通される事もたまにはあった。


　お互いの隊は戦い方がずいぶんと違うのだと鴉天狗は語る。
　特筆するべきは前衛の違いで、アデルの隊は前衛が三人、いずれも正面から敵と打ち合う頑丈さを備えた面子だ。
　そのせいかアデルの隊は正面から敵を圧殺する戦い方が多い、無論、それは騎士であるトレニアや君主であるアデルの気質もあるのだろう。

　斬り込み役を務める割には、アデルの冷静さは物珍しい方に映ると鴉天狗は語った。
　好戦的でこそあれど決して向こう見ずではない、魔術の素養や知識の分野が違うだけで、アデルはロザリアに比肩するほどドライな状況判断を見せる。

「……冷静になろうとしてる訳じゃないわよ〜、冷静になっちゃうだけ、が正しいかな？」
「まぁ、わからなくもないが」

　鴉天狗が笑みを浮かべる。日頃浮かべるような意地の悪いものではなく、優しい色を持つ理解の笑みだ。
　生きた時間はそのまま経験となる、かつては冷静であろうと務めていたものだが、今となってはそれが身に染み付いている。
　―――これは本当に見た目通りの事態なのか、裏を疑う自分と目新しさを求める自分が両方存在していた。

「ロザリアについては……今の我にはコメント出来ないな、我にはその資格がない」
「…………」

　鴉とアデルが永生者であれば、ロザリアはその対極にいる短命種だ。
　花の妖精という性質上、実物の花よりは遥かに長生きするがそれでも10年程度しか生きる事が出来ない。

　短い時間しか共にいることは出来ないのだけれど、その寂しさを悲しいと呼ぶ事は決して許されない。
　―――不幸によって命を摘み取られる訳ではない。寿命を全うするのにそれ以上何を言う事があるだろうか。

　だからなのだろうか、彼女は公平で、傲慢で、誰にでも平等に優しさを注ぐ。
　そして銀色の細まる瞳で友人たちをよく見ている。

（「―――お前はもうひとつの道を選ばぬのか、その程度を思いはするが、あの性格だからな……」）

　現在半分の権利を持つのはアデルだが、あの様子だとそのつもりはないだろう。
　花として在る友人の生き方、それを咎めて汚す事はしないとばかりに。


　暫しの間、鴉天狗は自分から見た仲間たちの事を語り続けていた。
　リティリアが人見知りなのは周知の事実だが、あれで良く他人を見ている事。警戒心が高いだけに信頼の意味は人一倍重く、そうしないと生きていけないだろう事。
　盗賊であるコーデルは他人の裏を読むのが役割だが、メンタルがそれほど強い訳ではないために視野の広さではアデルに一歩譲る事、とはいえリオがいればどうにかなるなどと。
　そのリオについては全くわからないと鴉天狗は言い切った、恐らくコーデルにもよくわかってないのではないかと扇子の後ろで小さく笑みを浮かべる。

　トレニアについては今更語る事もないのだが、と前置きをする。究極的なエゴの塊で自分の目的のためなら周囲をたやすく蹴散らす狂戦士。決して聖女などではなく、自らのために自らを傷つけ、その意志《信仰》に殉じようとしていると。
　―――献身は他人のためなどではない。
　それが徳になる事もなければ、自らの慰めになるかどうかも怪しいというのが鴉の見解だ。

「別段トレニアが悪いって訳ではないけどな、奴は最初から最後まで自分のためにしか動いておらぬ。別段周囲に迷惑をかけてる訳でもなし、評価を求めている訳でもない、死ぬ時は人の見えないところでやれとは思うが」
「……聞こえだけなら凄く冷たいんだけど、あんたにとって他人ってなんなのこの場合」
「他人は他人だ、それ以上でもそれ以下でもない。好きな事をして好きなように生きればいいと思っているよ、我は我に他人を咎める資格も筋合いもないと思っているだけだ」