あまりにも軽やかな音だった。

「あ、死んだんだ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 マッドサイエンティスト
　ラフィンが思わずそう呟いたくらい、狂気の科学者エヴォルの死は呆気無いものだった。
　彼の体重は驚く程に軽く、地に伏した死体の音は布団を床に落とした時のよう。

「うん、死んでた」
　血液の弾丸により、脳天を確実に貫かれている。
　ラフィンは冷えたホット・チョコレートを一息に飲み干すと、エヴォルの瞼を閉じさせ白衣で顔を隠すように覆った。
「安らかに眠りなさい、死は平等なのだから」

　机の上に置いてあった『始祖計画報告書』等の入ったクリアファイルを手に取ると、太陽の指す地上へと階段を駆け上った。
　











　――ラフィンが去り、十字架とエヴォルの死体、そして空のティーカップ二つが残された地下室。

　陽炎のようにぼんやりと、その“顔”は闇の中より浮かび上がった。

　――僕は、何一つ望みなんて持っていなかった。
　流れるままこの一揆に参加し、本能の赴くままに魂を喰らい続けた。



　違う、違うんだ。
　僕は弱っちい人間、《化け物》なんかには敵わない。


　僕は君みたいに強くはない。
　流されるまま、無様に生きているだけなんだ。


　優しくなんてない。良い人なんかじゃない。
　


　この世は弱肉強食。
　にんげん
　家 畜は喰らわれる為に存在するんだ。だから僕が犠牲になるのは、当然のこと。


　今まで通り。
　記憶なんて関係ない。自分自身は、変わらない……。

　僕は本当に人間で、人間だったのか？
　化け物の魂を喰らう、この僕が。



　魂の器。化け物。命。人。
　弱者、強者。



　僕は。僕は一体何なのだ。
　僕は誰なんだ。僕は何故こんなところにいる？　僕は何故生きている？

　　　　　　†




　――僕は、何一つ望みなんて持っていなかった。
　流れるままこの一揆に参加し、本能の赴くままに悪魔を殺し続けた。

「……ノエル、大丈夫？」
　一匹の蛇が僕の腕を這うようにして、こちらの顔を覗き込む。
「リリス、お願いがあるんだ」
「なぁに、ノエル。私に出来ることなら何でも言って頂戴」

　僕の中にはエンブリオ《集合的裁断の原理》――ダンテック・ノエルの力が宿っているらしい。
　　　　　 リリス
　だから彼女は僕のことを“ノエル”と呼び、付き従っている。彼女は、ノエルのことが好きだったらしいから。

「僕をノエルと呼ぶのは、もう辞めて欲しい」
「嫌よ。だってあなたは――」

「――僕はダンテック・ノエルじゃない。カーミラ・ピットでもない。
僕は、ミラルカ・ハウダニットだ」

　リリスは押し黙って俯くと、小さく「ちょっと考えさせて」と呟いた。

少女は何やら文字の書かれた小袋を取り出す。

一年しか効果はないですけどね、と少女は続ける。

青年はぶつぶつと呟きながら、次の言葉を待っている。

先ほどまでの迷いはどこへやら、前に進むと決意して
清々しい表情になっている。