千巌がいってた。
　やんでるおじさんのいる階段の先、３階廊下のまんなかの大広間で、クロキシというのがいるって。
　そしてその先に行かせないよう、護っていると。
　

「フフ、ハハ……ハハハハハハハハハッ！！」
　高笑いを浮かべながら、やんでるおじさんが沈む。
　一緒にそばの緑のはっぱさんも、ぴんくのふわふわおんなも泣きながらバタバタ倒れていく。

　やーい、今度は勝ったぞ！　今度は油断しなかったぞー、ぞぞー！！
　へんっ、だ。ボヤボヤしなきゃ何とかなるんだ、うん。

　ボヤボヤすること自体が問題ですよね、と言われたら……うん。
　次があったからよかったけれど、次は気を付けよう、ほんとうに。

　とにかく！
　領主さまのところにいそうな女たち＋やんでるおじさんを叩きのめして、ひとだんらく。
　緑のおじさんは“ウルドスピンがなんとか”とかいってたけど、そのまま先に行ってしまった。
　あの人も、一揆に参加してる……のかなあ？　でも違いそう。おうさまに用事があるの、かな？


　ま、いいか。
　敵じゃないなら、なんとかなる。味方である必要はないけど、さ。


「あれ――千巌がいってた、階段――だよね。あの先に――ちょっと見てみる――」

　ふわふわとユノが揺らめいて、階段のほうへ向かっていく。
　ボクもその後をゆっくり、ついていってみった。
　とはいっても、クロキシのこともあるんだし、ちょっと階段から顔を出して先を覗いて、場所だけ確認して。
　それで、それだけで帰ってくるだけの、つもりだった。

　……のだ、けど、ね？

「ねえ――な〜んにも、ないよ――？」
　ちょっとだけ、階段から覗いた先は、さっきの場所と似た感じで紅い敷物がずーっと敷かれている。
　だけど、それだけ。
　延々と敷かれていて、先の方が見えない。クロキシとやらの強い“いのち”の気配も、感じない。
　すぐ近くにはないだろうなって思ってたし、そりゃそうだ、とは思うんだけど……。

　あっれ〜？

「うーん――すごーく、すごーく先には――なにかある、かもだけ、ど――。
　なが〜いみち――ずーっと続いてる、の――」

　……もしかして。
　千巌がいってた“大広間”って、階段からだとめっちゃくちゃ遠いのか？！
　ぇ、でもどうも誰かが通ったあとらしくて、たしかにあっちこっちこの廊下、壊れてる、けどっ……？！
　言ってた場所まで近道できるかもだけど、もちろん“しってる”ひとじゃないなら一撃まいごだ。


　ぅーぁー……。


　近道を知っていそうなあて？　そんなんないよ。
　デュヘイルさん？　聞いてみなきゃわからないよ？
　そもそもいつ会えるかわからないよ？　いっしょに動いてるわけじゃない。


　と、とりあえず。
　偵察はできたし、千巌のとこまで、いったんもどろ……。


　そして、ケンキュウジョ。
　鉄に覆われた、暗い廊下で
「お、ソウ戻ってきたな。その様子だと負けちゃったのか？」

　千巌からは、みごとな歓迎のご挨拶が待っていた。

「あ――だいじょうぶ――ちゃんと、勝ったよ――？」
　デスデース、２回目のブザマはしませんでしたよーだ。
「だ、だけど、ね――」

　ユノがフワフワ、頼りなく。
　階段の先のその状況を、たどたどしく千巌とマシェに説明する。

「あ、うん……たしか、２階の階段からだと……ふつうに歩いたら……５日くらい歩かないと、だめだにゃ……」
　ぅぁ５日？！
「それに……もし、黒騎士を倒せても……その先５日歩いても……にゃんも、ないって……」
　ぇっ、さらに５日？！
　え、それ合わせて、１０日、だよ、ね……。


　ぇー……！？
　それまっとうな手段じゃボクらがその先の”なにか”に会うとかとうてい間に合いそうにもないんじゃないかな。


　ガーン、といった顔をしているのが自分でもわかるよ、うん。
　かといってなー……外の連中とかにまかせっきりとか、信用しきれるわけもないし、なー……。

　そんな風にちょっとショックを受けているのに、なぜか千巌はカラカラ笑う。
　カラカラ笑いながらトントンと、ボクの背中を豪快に叩く。

「まっ、ソウはか弱いんだしそんな気負ったり無理したりすんなって！　それにそんなこと、心配することじゃないぞ！
　どんなときでもあきらめなければ、何とかなるもんなんだって、うんうん！！」
「うん……。ひょこっと、チャンスが転がってるかも、しれないから……」
　にかっと笑う千巌の横で、背を向けうつむいたままぽつりと呟くマシェ。


　なんか、声が震えて、おびえて、る？
　いや、マシェがおびえてるのはいつものことなんだけど、なんか、おびえの質が、いつもと、違う、ような……？


　くしゃり。


　そうしているとマシェの方から、なにか紙を握ぎりめたような音がした。
　と思ったら、今度は背を向けたまま、彼女は荷物をごそごそとはじめだす。

　ちゃらちゃらと、重いけどちいさな魔力の石――パワーストーンを選り分けて、小さな袋に詰めている。
　そんな、様子が、見えた気が、したんだ。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。