祈りを抱くのは恐ろしい。

叶えられることのない祈りは、その希求が切実であればあるだけ、胸を引き裂く。
私は救われたかった。たすけてほしかった。
それでも手を伸ばすことにさえ竦むようになったのはいつからだろう。

伸ばした手を掴んでくれる相手がいないことは、ずっと前からわかっていた。
けれどこの世界では、この手に触れ、掴んでくれるひとがいる。
だから私は、触れ結ばれた手のひらを、振り払われることのほうが恐ろしいと知ってしまった。

何も得られない痛みは、胸の空洞を押し広げていくけれど。
それでも、一度触れてしまったぬくもりを失うよりは、安寧を知らずに空虚でいるほうが傷つかずに済む。

私には誰もいない。

もはやそれが必ずしも真実ではないと知りながら、そう思っていたい。 信じていたい。
優しいひとたちへの裏切りであるとも理解しながら、そうしてこころを鎧わずにはいられないのだ。

なのに、どうして。
どうして、私を娘に、と言ったあのひとに、頷いてしまったのだろう。

父親。
私が一度たりとも、ほんとうの意味で得たことのないもの。
私の血の半分を与えたひとはいても、父はあまりに “家族” からは隔てられた存在だった。
あるいは私自身が、“家族” を隔てる垣根だったのかもしれない。

父と名のつく相手を、私のこころはひどく、ひどく恐れている。
その一方で、あの父ではない、父親という、何か偶像めいたものへの、得体の知れない祈りが。
願いが、屈託が、想いが綯い交ぜになって、胸を、掻き毟るように傷つけて。
それはもはや父親というよりは、他人と、そうでない親しい他者の境を、衝動に任せて押し流すような。
ただただ、かつて覚えたことのないほどの、ゆくえを知らない感情が、その色さえをも見失って溢れて。

燈子、と。

私を呼ぶそのひとに。

彼は地面にぶつからなくて済んだようだ。
しかし、地面の代わりになったのは、そう…

ぶつかった衝撃から一瞬、我に返ったかと思うと、
彼は情けない悲鳴を上げてそこから飛び退き、うずくまるように背を向けて座った。

グキッ！

首の角度を曲げられた。

彼はダチョウを遅くしたようにその場を走り去った。
後に残った者は…

取っ手つきの箱を取り出して、差し出す。