一揆３７日目の日記　怨霊合戦/死者たちの戦争（中）

大廊下１階に１人のシスターがたたずんでいた。シスターは廊下の彼方の虚空を眺めている。何をするわけでもなく立ちぼうけのシスターを、大廊下の守護者であるフロラとダイゴは訝しげに眺めている。

しかし、シスターは死霊を召還する闘法の使い手であった。その目に映るのは現世と重なりあった隠世の有様であり、配下のトロイアの亡霊たちが、シュガーレス・ショーガの呪術的な結界を攻略すべく、それを守る平家の怨霊との間で合戦となっている様を、大廊下の赤絨毯に重ねて見つめていた。

シスターの視界は現世に隠世とが重なって映る。また、結界内の幽界にあってまるで鷹の目のごとく戦場を見渡し、同時に、己が恃むトロイア勢の傍らに立ち、彼らと共に戦場の有様を眺めていた。

1.トロイア勢の進軍と平家側の防戦

平家側は軍勢を二手に分け、主力は川の対岸の森の中の陣を構え、別働隊が山地の守りについていた。トロイア勢は陽動部隊を山地に派遣して平家側の注意を引きつけ、その間に主力の大兵力で以てして森の中の平家主力を攻め落とす戦術をとる。

トロイア勢は渡河に成功し、ついに森の中の平家の陣地を攻め立てる。平家側の陣地や櫓からは弓矢が雨のごとく飛び来り、トロイア勢は盾を掲げて進軍する。シスターはトロイア側の総大将であるヘクトールの霊に影のごとく付き従い、魔術による火力支援に、神々の召還に、トロイアの将兵の耳元に助言をささやいたりと、トロイア勢に勝利をもたらすべく助力をおしまない。

トロイア勢は森の中の平家の逆茂木（さかもぎ）を破壊して超えていく。ヘクトールの霊は自軍の順調な進行にも油断することなく、敵陣を探らせるべく盛んに斥候をだし、得られた情報を元に各方面の部隊に指示を下した。

シスターの鷹の目は、また同時に、平家側の様子も伺う。

平家側の総大将である重衝の霊は、他の平家の将兵と共に櫓から矢を射かけ、あるいは、忙しく陣地内を歩き回って将兵に指示を出し、歴戦の将軍ぶりを発揮していた。

しかし、平家１万５千騎に対して、トロイア４万５千と、兵力はトロイア側が勝っていた。トロイア勢は平家側の防御陣を徐々に攻略していく。トロイア側の先陣はついに堀と柵を超え、平家側の陣地内へと踏み入る。

2. パリスと景清の一騎討ち

陣地内では大鎧の平安武者と青銅煌めくトロイアの将兵とで撃剣の白兵戦となる。白刃がきらめき、剣と剣がぶつかり合い、怒号が飛び交う戦場に、デーイポポスやパリスといったトロイの王子たちも組み打ち相手を求めて戦場を歩いてまわる。

その大音声に平家側は弓射によって応じた。平家側は陣地内の通路にバリケードを設けており、攻め上がるトロイア勢に矢を射かけて応戦する。平家側は決して組織的な抵抗を諦めようとはしなかった。

デーイポボスと矢立の向こうに合い向かい、重衝の霊は余裕のある笑みを浮かべて言い返す。

デーイポポスは憤り、パリスの嘲りを以て応えた。

重衝の霊はふぅむと顎をさすり手をかざして呼びかけた。

重衝の霊は悪戯めいた笑みを浮かべて言葉を続けた。

言葉の応酬は両軍の一時停戦に至った。デーイポポスは全軍停止の下知を下し、トロイアの将兵たちの視線がパリスに集った。パリスの霊は俺が戦うのか？と自らを指差してきょとんとしていたが、名指しされたではないか！とばかりに槍を持たされ決闘場に突き出される。

重衝の霊が手をかざすと、平家の陣地から太刀を履いた１人の若武者が歩きでる。

景清の霊はパリスに一礼し、兜と烏帽子を脱ぎ捨てて黒髪を露とした。景清の霊が太刀を鞘からぬき、対してパリスは槍を構えて対峙する。

鷹の目で事の次第を眺めていたシスターは一騎打ちを押し止めるべく、ヘクトールの霊の耳にささやいて、平家の陣地に向かうよう助言する。シスターは知っていた。景清は平家でも並ぶ者のない剛を誇り、壇ノ浦の戦いの後にも伝説を残した強者である。その伝説は人形浄瑠璃や歌舞伎の演目として語り継がれ、魔物とも戦うと評される平家の怨霊の切り札なのだ。ヘクトールとプリュダマスの霊は決闘場に踏み込んでデーイポポスを叱責する。

デーイボポスは慌てて事の次第を説明し、ヘクトールの霊は決闘の場に弟のパリスが立っているのを見てうぅむと唸る。

挑発めいた重衝の言葉に対し、ぐむーと思案顔のヘクトールの霊を見て、その親友のプリュダマスの霊は静かに諌める。

その言葉はシスターの思う所のものであった。しかし、ヘクトールの霊は首を振り、親友の霊に応えて言う。

プリュダマスの霊は深くため息をつき（その傍らでシスターもため息をつき）、ヘクトールの霊は重衝の霊に一騎打ちを承諾する旨、申し伝えた。ヘクトールと重衝は誓約を交わし、一騎打ちにパリスが勝てば、平家側は降伏して陣地を明け渡し、景清が勝てばトロイア勢は兵を引くと取り決める。そして、平家の怨霊と英雄の亡霊が見守る中、パリスと景清の一騎討ちが再開される。

両雄はしばし睨み合っていたが、太刀が得物の景清に対して、槍を構えるパリスは己が有利を見て取り、パリスの霊は身体をしならせ影を曳く槍を投げつける。景清は身をひねってこれをかわし、ついで両雄が剣を打ち合わせると、パリスの青銅剣は景清の鋼の太刀に撃ち負けて砕け散った。シスターはいよいよもってまずい事態となったと悟り、指でスターを描いて霊体の転送魔術を履行する。景清の剣がパリスの霊を貫かんとした刹那、にわかに輝く霧がパリスを包み込み、パリスは影形なく消えさってしまった。

胸なでおろすヘクトールの霊であったが、間をおかず巻き起こった突風にトロイア側の将兵たちは身をかがめた。ヘクトールの霊が何事かと辺りを伺うと、平家側から矢を射かけられ、またもシスターが魔術を行使してトロイア側の被害を抑えたようであった。ヘクトールの霊は重衡の霊を睨みつける。

シスターは「重衡卿の言うとおりですね」とヘクトールの霊につぶやき、ヘクトールの霊は憤然と戦闘の再開を号令した。平家側の陣地を踏み倒して進撃するトロイア勢に、平家側は矢の雨でもってそれに応える。平家側の陣地に火の手があがり、その混乱に乗じて平家側は山地へと撤退していく。トロイア側は追撃戦へと移行する。

3. 大廊下

トロイア勢も戦車と騎馬隊を繰り出し、どこまでも平家側に迫り来る。平家側も騎馬隊を繰り出して弓射で牽制し、応戦しつつも、じりじりと後退していく。平家側主力はいよいよ追い詰められ、方陣を組み、薙刀をふるってトロイア勢に抗うも、将兵たちは次々にトロイア勢の刃にかかり、淡い緑の燐光を発してその魂を燃えつきさせ、続々と冥府へと突き返されていく。ついには重衡らの本陣にまでトロイアの将兵に攻め込まれ、大将自ら剣を振るう乱戦となっていた。

平家の怨霊たちはトロイア勢に取り囲まれ、総崩れ寸前とみえる。シスターも平家側の殲滅はほぼ達成したものと安堵のため息をつく。しかし、ヘクトールの霊が険しい表情で山地に視線を向け、シスターもそちらを見やると、平家の騎馬隊が突撃してくるのが見えた。教経率いる平家の別動隊であり、トロイア勢に迫り散々に矢をいかける。馬が大地を揺るが戦車を引いて本陣に迫りくる様を見た。

そして、戦場である幽界につむじ風が起こり、俄に黒雲が沸き立って雷鳴が轟く。トロイア側を加護するギリシアの神々の加護ではない。怨霊の黒雲であった。凄まじい雷鳴が大気と大地を揺るがし、落雷がトロイア勢の将兵を焼き焦がす。シスターは視線を幽界から現実へと移した。幽界の戦場の彼方の王城大廊下には、シュガーレス・ショーガが自走砲に乗ってこちらに近づいている姿が見えた。フロラとダイゴが迎撃にとシスターの前に出る。あの男が援軍を引き連れ、平家の主上である安徳帝の霊と共に、大廊下へ戻ってきたのだ。

シュガーは怨霊と会話をしているようです