荒れ果てた訓練場の跡地を歩き続ける。
人目をはばかる様に、砂塵にまみれ、瓦礫から瓦礫へと身を移す。
ひと気は――無い。

軽く手を挙げ、背後へと小声で投げかけた。

　ガチャ　ガチャ

人ならざる足音を立てながら、小さな人影が着いて来る。
近付き過ぎず、離れ過ぎず、一定の距離を――言い換えれば距離感を保ちながら。

――その日、黒艶の雷華ことラインは1人ではなかった。





連れているのはブリキの少女。


――迷子だ。


当然、ただの迷子ではない。
彼女も自分同様賞金首として手配されている。
幼い少女…いや、人ですらない少女が、何をもって賞金首となったのか。
その経緯は自分の知る所ではないし、問いただそうとも思わない。

ただ、この子を仲間の下へと送り届けなければならない。
だからこうして、子供を1人連れて歩いている。


…いや、正確には1人ではない。
彼女には多数のエンブリオがついていた。
しかしそれは、”子供”が”子供達”になる程度の差でしかない。
結局、自分達だけではどうする事も出来ないのだ。


これが大人の庇護欲だと言うならば、それは違う。
賞金首は一揆を起こす反逆者達への抑止力、その力は大きいに越した事は無い。
だが、彼女1人ではダメだ。
この子が真に力を発揮できる場所、そこへと連れ戻さなければ――

それが、彼女を保護した理由。そう、ただそれだけの事だ。

距離を置いて着いて来ていたブリキの少女が、小さく頷いたように見えた。

――人目を避けて歩き続ける。
警戒すべきは賞金稼ぎ、今この状況でヤツ等と出会う訳にはいかない。
お互い賞金首の立場とは言え、即席のコンビがまともに戦えるハズがない。
ここは―自分は、彼女が最大限に力を振るえる場所では無いのだ。
2人の間の、この微妙な距離感がその証明だ。


もし賞金稼ぎに出会ったなら――足手まといは迷わず切り捨てる。
それが最も適切な選択、他に選択肢など存在しない。
そうしなければ2人まとめてあの世逝きだろう。死んだ事にされた黒閃の雷蛇とは違い、本当の意味でだ――

額を大粒の汗が滴り落ち、目へと染み込んだ。
それ程までに自分は緊張していたのか、気が付けば全身が汗ばんでいる。
――そうだ、大事な事を忘れる所だった。

有無を言わさずそう告げると、崩れ落ちた建物の影へと腰を下ろす。
こまめな休憩は必要だ、特にこの状況ならば――


―――

――

―


あの子供のお供はどうにも鼻が利くらしい。
黒閃の雷蛇の頃の僅かな接点がアダになっていた。

黒艶の雷華と黒閃の雷蛇は同僚、後釜、兄と妹。
姿形も携行品も、似ている理由など幾らでも並べ立てられる。
だからこそ、注意しなければならないのだ。
”似ている”ではなく”同一”となった時、全ての苦労が泡と消える。


――口を封じるか？こんな子供達の？


――考えるのはその時が来てからにしよう。
とにかく、今出来る事を最大限に行うだけだ。

つまり、黒艶の雷華はメイクを直していた。
緊張と熱気で汗が止まらず、直ぐにメイクが落ちるのだ。

――あぁ、子供連れなんてやるもんじゃなかったな。

今更ながら後悔していた。
自分は当分子供なんて欲しくない――そう心に誓ったのだった。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

――ちゃりん。
　

　　　　　　葉脈を泳ぎ、繭を広げた、胞子の中の、天使の輪。