ゆだんしすぎ、なめていた。
　そういわれたら、しょうじきボクは口をとざすしかない。

　だって
　いっしょに臨んだサヤとは一切口を聞かず、れんけいとかそういうもの一切なく、お互いギスギスのままで、戦ったのだから。


「嘗められたものだなッ！！」
　倒れるボクらを見おろし吠える、灰色のやんでるおじさん。
　そう、倒れている”ボクら”。


　ま、け、た。


　ていうか、こいつ、変に弱いなーって思ってたんだよ。
　思ってたんだけど、なんかやんでるおじさんが倒れかけたら、そこから真っ黒いどろが出てきて広がって。
　その黒いどろがボクらに触れたらなんか、なんだか変なことにっ……？！

　やんでるおじさんがつやつやして、ボクらは逆にへにょへにょになって。
　いっきにおじさんがばけものになって、それで、結局……倒され、た。

　緑っぽいおじさんは緑のはっぱさんをたくさんたくさん呼び出した後で、やんでるおじさんから早々に離れてたから、ぐに〜としたかおをしてるだけで難は逃れてる、みたいだけど……。

　ちからが入らないのに無理に起き上がって、やんでるおじさんへ深追いしかけたところを、ユノの声で我に返り。
　「（オボエテロっ……）」と毒づきながら、てんでんばらばら、ほうほうのていでにげるはめになった。


　手に手を取ってにげたわけじゃないから、サヤがその後どこいったのかどうなったのかはボクは知らない。
　いままで一度も一緒にダッシュ！　ってこともなかったしね。
　そもそも、サヤのことを気にかけている状況じゃない、わけ、で……。


　なにしろ、砂ぼこりの舞う荒地の片隅で、ひとりぽつねん立ち尽くす状態になっちゃったんだもん。


「ソウ――どうしよう――」
「どうしようもないだろー……ってか、あれはマジゆだんした―……。
　まだめがみさまに力を借りればやんでるおじさんがばけものになっても、なんとかなったんじゃない、か、なあ……？　っていまなら思えちゃう程度に、ほんっと、ゆだんしたー……」

　荒れ地の片隅、一揆のひとだか異形のモノだかが暴れで壊したであろう城壁のヒビをもぐった先。
　ひとが通るような道とか、獣が通る獣道とか、そういうのとは世辞にも言えないそんなごちゃっとした、場所。
　さすがにここは右を見まわしても左を見まわしてもあたりに千巌たちはおろかひとの気配を感じない。
　感じないから気兼ねなく、ひさびさに口から声を出している。

　ユノにココロを読んでもらって伝えてもらう、はちょこちょこしてたけれど、こうやって会話するのいつ振りかなー……。
　やっぱ、誰かいて緊張してなきゃいけない状態より、割とラク。
　こんな状況じゃあるのだけれど、いつも背伸びして張ってた気がぷしゅんと緩む。
　どさり、とその場で座り込んで、腰袋から布を出してからだをふく。

「ううん、それよりも――いまは――」
「かんっぜんに千巌たちとハグレテマスヨネー、そっちもどうしよっか」

　おうさまに会いに行く前も、やんでるおじさんところ行く前も、“迷子になるなー！”って言われてたから、ちゃんとまいごにならないように、千巌たちがさっきまでいた場所に戻ってきたんだ。
　戻ってきたんだけどクンレンジョウに、ど〜かんがえても気配がない！
　ちょこっと、ここみたいな知ってる抜け道？　裏道？　とにかくそういうところも覗いたのだけど、いけそ〜な場所にはどこにもいないっていうか感じない。


　どこ行ったんでーすかー……？


　いやま、さ。
　もともと、千巌たちって家族でも恩人でも何でもないわけで。
　そもそも千巌たちと組んだのだって、ルリアンナが「組んだ方が何かと有利だよっ、一揆だもん」っていってたし、千巌から声かけてきたし悪い奴らじゃあなさそうだったから、だから組んでいっしょに闘ってた、だけ、で。

　それが、元に戻った、だけじゃ、あるんだよ、な。
　もともと、一揆が終息したら、“いのちの価値”があるんだから、油断してるところ闇討ちしてふんじばってかんきんして――って。


　あれ。
　なんだろう、びみょうに、こころがすかすかする？


「んー……なんか、あのわいわい声が聞こえないってなると、ちょっと」

　うん、やっぱり、ちょっと、さみしいみたいだ。
　ちょっとの間会わない、とかなら、むしろせいせいするな〜、静かだな〜なんだけど。
　もどってこーい！　っていわれて“いないよ”ってなると、うん。

　……うーん。
　こんなんで、最期に生け贄にできるのか、なあ……？
　というか、あれ、もしかしてボクは、”たのしい”とか”あたたかい”とか千巌たちに感じて、る？
　でもって、それをさいごには切り捨てるの、微妙に、いやになって、る……？

　ぼうっと考えていると、いつの間にかまわりが、まっくらになっている。
　そもそも、クンレンジョウに来た時点で空がおれんじ色だったものな。

　でも、ずっとここに一人ぽつねんしてるわけにもいかないし……ここ裏だよ……？　ふつ〜の場所よりよっぽど、危ないよ……？
　もっかいささっと探しながら、やっぱり見ないようなら、クンレンジョウにいって、みるか、な……？

　よし、そうときまればささっと……
「こんな辺鄙なところから聞きなれない子どもの声が聞こえてくると思ったら……なんだ、ブリキのお嬢ちゃんじゃないか」
「って、ぅあっ！？　だれだれだれっ？！！」

　びっくりした、なんだなんだなんだっ！！？
　今、すごい近くで声と気配！？　考えごとしてたら気付いてなかっ……？！

「だれだれってアンタ……すぐ上だよ、上。ちょっと間抜けだね、ここまで完全に気づいていなかったのか」
　ま、当然といえば当然かもね、というつぶやきが上から聞こえてくる。

　つぶやき声にさそわれる？　まま、素直に上を見あげてみる。
　なんだか、コナっぽい匂いがする。

　そこには、身の丈がボクの倍はゆうゆうある、みたことない、くろくてむらさきのおんなのひと。
　自信いっぱいでしてやったりてきに鼻で笑いながら、同時にあきれ顔をしてためいきをついて見下ろす。
　そんな大人のおんなの顔が、目と鼻の先にあった。


「何してるんだ、いくら賞金首だからって子どもがひとりでいていいところといけないところとあるんだよ。
　暗がりのお仕事をとったりするよーなカンジでも人種でもない上に、アンタはまだ年端もいかないお嬢ちゃんでしょうに」

　はすきーぼいす？　ていうのかな。
　少し低くてよく通る声。少し心配してくれてる？　ような、心底あきれてるような、ふわふわな感じ。

　向こうはボクらを知っているみたいだなー……しかも、ショウキンクビとして。
　ショウキンガリかなあ、とは思ったけど、ショウキンガリだったら無言で不意打ちしてくるだろうからちがうっぽい。

　どれにして、も。
「（ユノ……ボク見たことないんだけど、このひと）」
「（え――前に会ったよ――？）」
「（いつだっけ――）」
　って、ユノとココロでやり取りする程度には、このおんなのひとのことがわからない。

　え、マジ、誰だっけ……？

「アンタ、たしか普段は４人組だろ。他の３人はアクアパレスのほうに向かってたのに、なんだっでこんなところでひとりでいるんだ？
　まさか３人とははぐれて、まいごになったのかい？」
「あ――あのね――まいご違うよ――」
「まいごじゃないならわざとかな。まあアンタらの事情はわからないしね」
　ユノが否定はしたけれど、おんなのひとはユノへ視線を一瞬だけ向けてぴしゃり。

　なんか、すごいな。

　今ユノは光の状態じゃない、ちいさな女の子の状態だ。それに、おんなのひともボクも灯りを持ってない。
　なのにおんなのひとは、まっくらのなかでちゃんと誰がどこにいるのかわかるし、気配すらすぐ近くなのにあんまり感じない。

　なんか、いろんないみで、ねこみたいなひとだ。

　ただぶっきらぼうだけど、さりげなく千巌たちの居場所は教えてくれた、ね、いま。
　アクアパレス、って場所がわからないけど、あれかな……空の道っていってたところ、かな……？
　確かにそこはボクはいけない、し、なあ……白い魔女さんが教えてくれた道だというから、行き方はわからないや。

「あ、そうだ――前に会った時――次にあったら返すって――」
　ふわりとユノがすべるように飛んで、ボクの腰袋に近づいたと思ったら、ボロボロの小さなずた袋を取り出し彼女へ渡す。
　あれ、ってたしか、２・３日前にくろふーどの男の人が渡してくれた、パワーストーンだよな……？
　頼み込んでもらったものだけど、結局手を付けないでおいたから、そのままそれだけ別にしておいたやつだ。
　あの時、くろふーどのひとにはいっぱいくどくどくどくど言われたけど、心配からかな、とおもって、そのままきいてた、なあ。
　それに、ボクは割とよく間違えられるけれど、あの人もボクを“年端もいかないいわゆる幼女”ってちゃんとわかってたっけ。

　でも、ユーノー？
　そのひとは、おとこのひとじゃ……。

「……」
　……あれ？
　なんか、ちょっとおんなのひと、袋を手にしたら、とまった？
「人違いだよ」
　２・３、不自然な間をおいてから、遅れておんなのひとが苦笑いを浮かべる。
「え、でも――くろくろおとこのひとと――おねーさん、同じにおいがするよ――？
　それにほら――おねーさんのにもつ？　から――マシェのごはんの匂いがするもの――それに、千巌のにおいもする――」

　この場合の“匂い”って、多分いのちの欠片の匂い。
　そういえば以前くろふーどのひとには、千巌のきてた鎧や、マシェが持ってたごはんを渡したっけ。

「た、ぶ、ん、それは“黒閃の雷蛇”のことだね……」
　あー、って顔をしながらトントン、おんなのひとが、自分の頬をひとさしゆびで小突いている。
「残念だけど人違い、なにしろそいつはこの間死んだのだから。アタシはそいつの妹。
　それにそいつが持ってた中で使えそうだったものは持ってるから、その関係もあるんじゃないかな」
「え――しんじゃっ――？」
「何よそのおどろいた声は。こんな時勢にこんな稼業、まっとう無事で生きてられる方が珍しい。
　昨日元気でいたとして、明日が必ず来るとは限らない。武器を手にもっていのち賭けてるんだ、死ぬのだって不思議じゃない。
　アタシたちがいるところは、やっていることは、死と隣り合わせなんだよ」

　まあ、そうだよな。
　飢え死にするか、動いて死ぬか、その差くらい？
　ユノはびっくりしてたけど、そこはボクはあんまり驚かないな。

「”あの時こうしてればよかった”とか”こうしてればよかったのに”とか、死んじゃったらいいわけも後悔も効かない。
　……と言ってもまだ子どもか、こんな難しいこと言ったって実感わかないかな……」

　そうなん、だよね。しんだらおわり。
　いいわけや後悔ができているうちは、まだいいだけ。
　やんでるおじさんでゆだんした〜とか、サヤに突き飛ばされてゆだんした〜とか、あとあと言えるうちは、まだ……いい、だけ。
　うんが、よかった、だけ。

　だからこそ、ヘイムさんはまだ死んでないからこそ、助けたい。
　だからこそ、ねねたちはまだいきてるから、たいへんな状態から、なんとかしたい。

「アンタ、アクアパレスはいけなかったよね……ってなると、今日ひとりでいるのは確定か。
　最近は賞金稼ぎも元気だし、ひとりだとどこいっても狙われるか……その覚悟があるならいいんだけど……」

　ァ、ソノ想定ハシテマセンデシタ。
　そうだよショウキンガリ！　なんだか割と嬉しそうに狙ってくるってうわさ……って……。

「その様子だとたぶん、お嬢ちゃんにその想定と覚悟はなさそう……だね……しょうがない」
　いま”ゆだんしすぎ”とか漏れた気がしたけど気のせいだった、ことにしたい。
　……ぇぅ。
「用事はあったけど、亡き兄の縁もあったことだ。急ぎじゃなし、おねーさんが今日１日くらいは付き合って護ってあげる。
　ただ、ちゃんとお嬢ちゃんができる程度は働きなさい、わかった？」

　ぽん、と、帽子を叩かれたのにはちょっとむ？　ってなった、けど。
　こくり、だまってうなづいて、このひとの好意？　には甘えることに、しました。

そう言ったロッテの表情は、少し苦しそうだ。

ティーが弱々しく輝きながら、ぽつりと呟いた。
その呟きが聴こえているのかいないのか、ロッテは表情を変えることは無かった。


団子に向かって一直線な猫に対し、

普段の少しツンケンした印象とはかけ離れた、猫なで声である。

改まって『田植え』の話をするユノさんの話を聞き…。

宝石に大打撃を入れられ、またも沈黙するティー（※どうせすぐに復活します）

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

――ちゃりん。
　

　　　　　　──人もをし　人も恨めし
　　　　　　　　　　　あぢき　　　なく
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　世を思ふ故に
　　　　　　　　もの　　　　　　思ふ身　　　は───