眠るのが怖い。

緩んだ抑制の箍を押さえつけておこうにも、夢の中は曖昧で、掴みどころがない。
恐ればかりが夏の雲のように、手の届かない場所で膨れ上がっては影を落とす。
どれだけ走っても逃げ切れず、追いつかれては行く先を見失って。

がくんと揺れた頭の重みに、落ちていたまぶたが勢いよく開く。
浅い息、震える肩、冷たい汗が背を伝う。
自分で自分を抱きしめ、腕に爪を立てたその痛みで、ようやくここが現実だと知った。

わずかに白んだ空。
かすかな鳥の声。

不意に、過去に立ち戻ったような感覚が身体を押し包んだ。

かあさんを失ったばかりの、村を追われたばかりの頃。
誰と言葉を交わすこともないままに、ただ意味も、目的もなく山野を彷徨うばかりだった頃の朝。

あの頃は、投げ出されたかあさんの腕の夢ばかり見ていた。
荒れ狂う父の暴虐や、常の暴行の情景もあるにはあったが、最後はいつも同じ、あの血の気の下がる一瞬で。
どうして、と思うその脳裏を、ありとあらゆる衝撃やそれに似た何かが駆け抜けて、思考の色を奪っていく。
視界を真っ白に覆う光にかあさんの姿が見えなくなったところで、いつも決まって目を醒ましていた。

あの頃の朝に、今朝は、酷く、似ている。

つい先程まで見ていたはずの夢は、形を留めずに消えてしまった。
ただどうしてか、胸が沈むように重く、痛い。

木々の間を縫って朝日が昇る。

身体の疲れや痛みが抜け切るほどに休めた気はしなかった。
けれどもう、これ以上眠れる気もしない。

昇る陽の光に目を細めながら、無性に、故郷の黄昏が見たいと思った。

あの長い長い黄昏の中で、閉じたまぶたの裏に金色の光を感じたい。
去っていくその光の向こう側に、かあさんの待つ家の、橙色の灯火を、見たい。