「ねぇ、怒られるよー、やめとこうよー！」


三人の少年が訪れたのは、鬱蒼とした森の奥に佇む陰気な洋館でした。
嘗てはよく手入れされていたであろう、今は森に飲まれかけた広い庭園、
長い間、森の雨風に曝され続け、蔦に覆われた外壁には傷みが見て取れますが、
堅牢に造られたそれは、崩れることなく、未だ洋館としての体裁を保ち続けているのでした。

「なんだお前、ひょっとして怖いのか？」

「こ、怖くなんてないよ！……ただ、怒られたくないだけで……」

「前に、父さんと、この森に狩りに入ったときに、確かに見たんだ。
　あの洋館の二階の窓に、白い人影がいたのを……。」

「ひ……っ、やっぱりやめようよー！」

「なんだ、やっぱり怖いんじゃないか。」

そんな遣り取りをしながらも、三人は槍のように高い塀の正面の門へと辿り着きます。

「ほら、こんなに大きな錠前が掛かって……、ひっ！」

彼の言葉を遮るように、森に轟音が轟きます。

「父さんのやつを一挺、内緒で持ってきたんだ。
　……さすがにでかい奴は無理だったけど、こいつがあれば獣だって、魔物だって怖くはないさ。」

得意げな顔の少年の手に握られていたのは、紫煙を引く大口径の回転弾倉式銃。
放たれる鉛の飛礫は、巨大な人喰い熊をも一撃で打ち倒すでしょう。
無残に弾け飛んだ錠を投げ捨て、ぎぎぎ、と軋む音を立てながら、重い門扉を開きます。

大体同じようにして正面玄関の扉を開け放つと、黴の臭いがツンと鼻を突きます。
窓からか細い木漏れ日がエントランスへと差し込みますが、中途半端に照らされた室内は、その暗さを一層に引き立てます。
存外に不気味なその様子に、得意げだった少年も、ごくりと息を呑みます。

「い、行くぞ！」

不安な気持ちを気取られぬためか、虚勢を張って、中へと踏み入れていきますが、

「うわぁっ、わああああッ！！」

直後にそんな情けない悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまうのでした。
そんな彼の様子を見て、白い髪の少女が面白そうに、けらけらと笑っています。
突然現れた白い少女を呆然と見つめていた彼でしたが、彼女が普通の女の子と見るや、
笑われたことに腹を立てたのか、急に尊大な態度を取ります。

「お、女のくせに、こんなところで何してるんだよ！」

突然声を荒げた少年に、きょとんとした様子で、

「人探し、だよー。」

不気味な森の洋館の雰囲気に、どこまでも似合わない、のんびりとした口調で少女が答えます。

「……ひょっとして、お前もあのオバケを探しに来たのか？
　そういうことなら、一緒に探してもいいけど。」



　+ + +



まだ昼というのに暗い暗い洋館の中を、三人の少年と、一人の少女が進んでいきます。
戦々恐々と周囲を見回しながら進む三人の少年とは裏腹に、まるでピクニックにでも出掛けるように、
楽しくて仕方がないといった様子で、少女がその後に続きます。

「この辺だったと思うんだけどな……。」

そう独り言ちる少年をよそに、後の二人の少年がひそひそと耳打ちで会話しています。

「あの子、絶対おかしいって。」

「おかしいって、何が……？」

「俺達、ここに入るのに、鍵を二つも壊したんだぞ！
　そんな場所に、どうして俺達よりも先に人がいるんだよ……。」

「そ、そんなの、わざわざ鍵を壊さなくっても、他に入り口があったのかもしれないし……」

「もし百歩譲ってそうだったとしても、これだけまっさらな埃が積もってるのに、
　足跡は俺達三人の分しかない……、あの子はどこから来たんだよ！？
　……アイツが見た白い人影ってのは、もしかして……。」

「やめてよ！そんなわけ、そんなわけ……」



　+ + +



「思ったより、何もねーのなー。」

一通り家探しを終え、何もなかったことに、先陣を切っていた少年が再び威勢を取り戻します。
四人が再びエントランスへと戻る頃には、先までの饒舌さを如何なく発揮しています。

「こんな場所にあるくらいだし、もっとすごい秘密でもあるかと思ったけど……」

そう言いかけて、ふと、通路の奥に目が留まります。
しばらく探索を続けたことで、目がこの暗さに慣れてきたのでしょう。
最初に足を踏み入れたときには気付きもしなかった、地下へと至る階段を見つけるのでした。

「…………。」

黒々としたその通路の奥を見通すことは、到底できそうにありませんが、
饒舌になった少年を再び黙り込ませるには十分な雰囲気を漂わせています。
やがて、意を決したように、先陣の少年が降りはじめると、残されまいと後の二人もそれを追うのでした。
白い髪の少女は、相変わらず楽しそうに、それに付いてゆきます。



　+ + +



三人の少年は、階段を降りたことを早速後悔していました。
降りた先に広がっていた空間は、今までの黴臭さとは違い、消毒や薬品の匂いに、
妙に生臭い、鉄の錆びたような臭い、何かの腐敗した後のような饐えた臭いが混ざり合い、
本能的に胃の裏返りそうな空気を醸しています。
そこが地下で、窓から差す光は無く、完全な暗闇となっていたことは、ある意味幸いだったのかもしれません。
時折靴先に当たる硬い何かの正体など、理解したくもありません。
しかし、それでも少しずつ、無慈悲にも暗闇に目は慣れてゆく訳で。

床や壁、天井にまで飛び散った、どす黒い何か。
うず高く積み上げられた何かの中に、暗闇の中でもさらに黒々と覗く、たくさんの眼窩。
足元に転がる、所々に干乾びた肉片のこびり付いた骨片。

悲鳴は、声にはなりませんでした。
声にならない叫びを上げて、三人が床へとへたり込みます。
辺りに飛び散ったおびただしい黒い血痕は完全に干乾びており、身体を汚すことはありませんでしたが、
その際に手に触れた骨片の感触に大きく飛び退きます。
少年の手に、別の硬く冷たい何かが当たります。
彼は咄嗟にそれを掴むと、慌てて撃鉄を起こし、引き金を引きます。
この状況で、一体何を撃とうというのか―――――原始的な恐怖に支配され、思考の完結した彼本人にさえ、知る由もありません。

四連の轟音と閃光が一瞬だけ、この地下室の凄惨な状況を照らし出します。
弾丸を撃ち切ってからも、撃鉄を叩く音が、カチン、カチンと虚しく響きます。

突然の銃声が気付けになったのか、三人が、弱々しくも、震える声で喋りはじめます。

「な、何してんだよ……。」

「へへ、へ……。」

照れ隠しのつもりなのか、引き攣った笑いを浮かべ、そしてその表情が凍り付きます。
なぜなら目の前に異形の姿をした何かが立ち尽くし、三人を見下ろしていたからです。

それは、地下室に散らばる干乾びた人骨を滅茶苦茶に組み合わせ、無理矢理に人型を作り、
そこに森で朽ちかけた獣の臓腑を塗りたくったとした言い様のない姿をしていました。

『どうしてそんなことをするの？』

少女の声色で、けれど、地獄の底から響いてくるかのような韻律で、目の前のそれが言います。

「う――わ――うわぁぁぁッ！？」

三人はもはや半狂乱でした。
言うことを聞かない四肢を滅茶苦茶に動かして、それから距離を取ろうとします。
靴に触れるのも嫌だった人骨を手に取り、目の前のそれに投げ付けます。


目の前に居るそれは、オバケとか、魔物とか、きっとそんな生易しいモノじゃない。
これはきっと、言葉には出来ない、恐ろしい『何か』だ。
狂気に支配された意識の中で、一つだけ理解することの出来た確かなこと。



『あと数秒で、僕は―――――



　

ナナシはほへーっと間の抜けた声を出し、力の使い道について聞かれれば…

ナナシはミオの言葉を聞くと警戒をしつつ数歩離れる。

前に持ってきた尻尾は先端から半分ぐらいその結晶と同じような色になっている

その白い髪をした頭の上に魔法陣を固定し足下にも差し込んでいく
別段何かが潜り込んでくるような感触はなく

ほわんっと音がすると同時に二つの魔法陣が光の筒で繋がり
その中にいるとちなの魔力が透過しているように感じます。

むにむにむに、とエナを押してみる。

不意を突かれ、本体への直接のダメージを許してしまう。
強烈な刺激に、たまらず身体を跳ねさせた。

振り上げられた拳はそこで止まった。無意識に、腰が前後し始める。

白い髪が、強くその手に絡みつく。
ピアノ線のように細く強靭なそれは、みるみるうちに細い指へと痛々しく食い込んでゆく。すぐに皮は裂け、血を流し始めた。

髪が彼女の手を細切れにするのとほぼ同時。
ぴんと背中が伸び、腰が大きく脈動する。

それと同時に。

堰を切ったように、むせ返るような男の匂いと共に、彼女の芯から白い魔力が零れ出す。吸収する間もなく、液体に含まれた膨大な魔力は、あっという間に塵のように消えていった。
尚も余韻で腰を震わせている間も、すさまじい勢いで魔力は溢れ出してゆき、やがて地面が白いプールでべっとりと染まった頃には、少女一人分ほどの魔力しか残っていなかった。

最後の力を振り絞り、髪をへし折る。
なんとか最低限の傷を塞ぎ、自らの身体を形成するが、その生命力にも限界が見えた。
もう一度、弱々しく拳を振り下ろす。
見た目通りの、か弱い娘のような力で、眼前の少女を、ぺしゃりと叩いた。

たっぷりなでこねした後、そのまま焚き火な雰囲気に。

ほどよく焼きあがったか、それくらいの時間になったころに、焼き芋を取り出します。

間違いなくおいしいと思える焼き芋だ。

メグは、ミオの言わんとする内容が分かりかねて首をひねる。

彼女の口ぶりから「魔力の補充と銘打った血液の摂取」という意味でとりあえずは理解した。

血液摂取だろうと捕食だろうと、さすがにそれは「友達だから分けてあげるよ」とは言えない。

……確か自分がどういう「種族」なのかも記憶にないと言っていたはずだ。

異種族として、環境を適応させるために、いろいろ大変なのだろうと、メグは納得した。

そんなことを考えながら、ミオの透き通る蒼を見つめていると、気付けば顔の距離が近くなっていたことに気が付いた。

自分の、透き通る琥珀色の瞳も見つめ返されていることに、先にメグの方が恥ずかしくなって少し目を反らした。

少しの気恥かしさを誤魔化すかのように、メグは「エナ」と呼ばれた黒い兎の方へ手を伸ばしてみました。