夜半の月が空を往く。
眠れないまま木陰に膝を抱え、それを見送って。
月が、星が淡くなり、空が白みだす頃になってようやく、目を閉じることができる。

夜の匂いがするうちは、かつての幻影が、閉じた瞼の裏を訪って離れない。

追ってくる足音。
引き倒されて舐めた土の味。
振り上げられる腕。
雨のように降り注ぐ痛み、流れていく血、薄れていく意識、閉じていくこころ。

そんなものから逃げて、逃げて、よくこんなふうに、山の中、木の根に寄り添って怯えていた。

夜も半ばをすぎれば、追ってきていた彼らも飽きるか諦めるかしてくれる。
彼らが村に辿り着いたあとを見計らって山を降りれば、少なくともその日は、安全に家へ帰れる。
今日ももう、そんな時間だ。 ……そのはずなのに、ふと、意識が背後に吸い寄せられた。

林を掻き分ける音（どうして）、踏まれた下生えがか細く鳴り（だって今日はもう）、誰かが言う（お願い）――見つけたぞ。

びくんと身体が震えて、自分が眠っていたことに気づく。
まだ暗い夜明け前、剥き出しの肩を抱いて息をする。
寒くはないのに、震えが止まらなかった。

彼らの笑い声が、耳の中を反響する。
いつかの日に受けた痛みの記憶が、夢の中で曖昧に境をなくして、茫洋とした恐怖の概念として立ち現れる。
似たような夢は何度でも見た。
実際に殴られるところまでを夢に見ることも、ただひたすらに逃げ惑うこともある。

けれど今日、夢の中で、私は。

目覚める前のほんの刹那、地についた手で、武器を、探った。
身の内に結びついたエンブリオたちの力を求めようと、わずかに息を詰めて鬼火を呼ぼうと。
今の私がその力を振るえば、彼らがどうなるか、わからないわけではあるまいに。

少し前の私なら、きっと、夢の中でさえ選択肢に上ることのなかった手段。

私は、そう、今の私には、借り物ではあっても、彼らの手に怯えずに済む力が、ある。
それを振るうことができる。
振るわずに、奪わずにいたいと願ってはいる、けれど。

けれど、本当に。
本当に振るわずにいることは、できるのだろうか。

思い返す父の顔が、自分の顔と、重なって。

肩を抱く。
まだ、震えが止まらない。

（シャカシャカ走り回っている）