「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
キーとキーエは黙って居た。
二人が面向かう、という事はここは精神の世界。誰も介入できない。
何故だろうか、今日は少し嫌な予感がしていた。
ミニドラゴンはそっとキーの顔を覗き込む。
表情が――無い。
まったくわからない。
魘されても居ない事に、一抹の不安。
そんな関係でも無いものの、このおせっかいなミニドラゴンは、気にしてしまっていた。
『外』の世界から眺めるしか無い、この一頭の龍を。


そんな様子も届かない世界の果て、キーエはようやく口を開いた。
「わかってるね、キー」
「………」
「権限は渡してる。けれど、“龍”と名乗る事は今後――許可しない。使用する権利もだ。君は最近こじ開けすぎてる」
「………」
キーは頷かなかった。
それは小さな反抗。
返事の代わりに、キーは言った。
「ねえ、キーエ」
「うん？」
「…………何で、キーを、つくったの」

――来た、と。キーエは思った。

永く、長く、こんなにも時間が掛かった。
「キーエならわかるよね。キーは消えるの仕方ないって思ってたよ、でも、でも！」

なんでと聞きたくなる。
だってまだ居たい。
たくさんわらって、たくさんおはなししたい。
まだまだしりたい、いっしょにいたい。
たぶん、『嫌だ』と、そう思っているのだと―――思う。思ってしまった。

だというのに、キーエは何一つ表情が変わらない。むしろ、酷く、冷ややかに。
「――ようやくだね、おめでとう。キー」
「キーエ……？」
「そうか、もしかしたら君が『臆病』になって人と関わってこなかったのは、この結論に到達するのが怖かったからなのかな。だとしたら僕は君を見誤っていたのかも知れない。なんて君は素晴らしい逸材に出来上がっていたんだ」
「キーエ、まって、キー、わかんない」
「褒めてるんだよ、キー。予め結論を知っての無意識下の行動だというのなら、未来予測を知った人間がどう行動するか――そんな事も想像しやすくなるね」
「キーエ！！」
「………喧しいね、キー。君に権限は無いと、言ったはずだよ」

キーはキーエに逆らわない。
そう『創られた』からだけではない。キーエが絶対だったからだ。
だから価値観も言う事も全て納得していた。その通りだと思っていた。
でも、――あの小さな猫の友達のちからにすらなれず、少しだけちからを見つけたら剥奪される。
たくさんの人に出会ってきた。
少しだけ怖いのが薄れてきたら、『居たい』と思ったら、
その瞬間に全てを『消す』と言われるような。

「………キーエのばか！　しらない！！」

それでも、キーは反抗する術も知らない。
だから精神世界の中、自分に与えられた部屋の中に閉じこもってしまった。
無駄な抵抗だというのに。
この世界もキーエの管轄下。こじ開けようと思えば幾らでもそう出来る。
全く、無意味な事だ。それに、
「だから、子供だって言うんだ。キー」
キーエはしれっと口にする。
「僕は君を『消去する』とは一言も言ってないのに。勝手に結論を創らないでくれるかなあ」
「言い方の問題でありましょう」
「……居たのか、マオフウ。そろそろ君にも旅立ってもらう。まるで姉上に監視されているようだ、そして、強いて言うなら――まるで心配されているみたいなね」
「不愉快ですか？」
「ああ、不愉快だよ。資格を失ったただのモノに親面されるのはね」
「…………いつでもどうぞ」
ならば、その通りにとキーエは言って、『扉』を開けた。
それは権限の扉―――

「お、起きたのかィ。……マオフウの旦那もか？」
むくりと身を起こしたキーの身体に、ミニドラゴンは声をかける。
どうやら関係者らしいキョンシーまでも眠りに落ちていたのは腑に落ちないが、きっと、自分では関与出来ない境界線なのだろう。
そしてミニドラゴンはその様子に気が付いた。
「う、お、お前……」
『キー』では、無い。
普段面倒だの何だのと眠っているはずの統括者。
「何かな、心外？　…少し喧嘩してしまってね、拗ねてるよ」
「拗ね……」
「おいで、ミニドラゴン」
「…………」

高圧的にも取れる言い方に少しだけかちんと炎を燻らせたが、結局ミニドラゴンは『キーエ』に続いた。

道中はとても静かだった。
どちらも、誰も、何も話さなかったから――。

いままでどんないきかたを、めのまえのしろいりゅうはしてきたのだろう？

キーさんとあえたことも、きっと「いみのあること」だとおもうから。


こくり、とうなずいて。

そうかんがえて――あぁ、そうか。
みんな、おんなじなんだ。

だから、つたえたいことは、つたえたいし――
しりたい、もっとみんなのこと。
そう、おもうようになったのでした。

それをきづかせてくれたキーさんのことも、もっとしりたいな、って。
だから、おもいきって、たずねてみることにしました。

ふいにかんじたおもさに、ようやくおわったのだとしって。

ちいさなまるいたまをりょうてでやさしくうけとめて。
キーさんとてのなかのたまをかわるがわるみつめて。

じぶんのこえでつたえられるという、すてきなおくりもの。

キーさんがじぶんのためにここまでしてくれたことがうれしくて、ふたたびぎゅっとだきしめました。

別に用もないのに見ていたこちらが悪いのだが、
挙動不審な謎の生き物に話しかけられてこちらもビビる。

人見知りをこじらせすぎて言葉が上手く出てこない。
回らない頭で必死に未確認生物とのコミュニケーションを図る。
とりあえず目は逸らす。

とてもまんぞくげな顔で頷いている。ひどいひとだね。
ひとじゃなかった。

白いのが盾のように翳す緑の手記に目を留めながら、興味深そうに彼の話を聞いていたが、

小龍が両手を挙げると同時、座長の手にあった本―赤い紋章の描かれた革表紙のそれが、ひとりでに開く。
そして炸裂する色とりどりの異常攻撃から座長を守るように、黒い花が咲いた。

黒い手のひとつから零れた火の粉を横目に、だめじゃないかと男は言う。

座長の傍らには革表紙の本が、先程子龍の「芸」を防いだ黒い腕を触腕のように揺らめかせたまま、浮遊している。

こともなげに子供好きを騙りながら、様子の変わった相手をじっと見る。その静かな言葉を聞く。

僕達はただサーカスをしているだけなのにねえ、と他人事のように肩を竦める。
その横で、威嚇するようにゆっくりと、黒い腕の花弁が開いたり閉じたりしている。