身体が敵意に反応している時を除いては、殆ど動けなくなってしまった。
既に乾ききっている筈の血を被った目も視界を失ったままだ。
"トモダチ"の気配も、知己の気配も今はない。
ただ、始めに横たえて貰った場所で、敵意や縁が寄り来るのを待つばかりの空白を過ごしている。
‥初めの方は幾分と苦痛だったが、慣れたものだ。
それとも、慣れたような気がしているだけだろうか。
放っておいても、結論はその内に出るだろう。この件に対して考えるのをまた、止める。

風が吹いた。
横たえられた身体の被毛が揺れる。
――鼻も使えないけれど、代わりにおそらく――背中が。
重厚な湿り気を感じ取る。
雨が、降るのだろう。
暖かくなったこの時節の雨。激しく身体を打ちそうだな、と思った。
身体が遍く濡れたら、少しは調子もよくなるだろうか？
‥‥ないだろうな、と笑う。
そうであるなら、あれだけ身体を水に横たえた此れまでで好転する気配があったはずだ。
――長い息を、吐き出す。
このような状態だ。
"第三の竜"の持っていたちからで敵意に反応して動けているのは、辛うじての僥倖だ。
とはいえ身体の現状が変わるまでもなく。戦闘が終わればぼくらは、ひどく困憊して此処に戻ってくる。
殴られるが侭にならなくて済んでいる代わりに負荷を掛けているのは、間違いないだろう。
あと何度戦えるだろうか。
どの途舌を咬みきってもぼくらは早々に死ねそうにはない。
為るが侭に為るのしかないのだろうが。
それでも何か為そうとするのなら、ぼくらは、いや。ぼくは。
泓は、三頭目の竜の事について考えられる限りを考えなくてはならない。

三頭目の竜。
これまで言葉が聞こえる事はなかった。いや、意思の表示さえもなかった。
存在自体がかなり希薄であり――力だけを残しているものだと、ぼくらは考えていたのだけれど。
恐らくは、間違いだったのだろう。
ぼくらが、互いが互いしか意識してこなかった故に、三頭目は、沈黙したのだ。
‥混じり合った姉の輪郭ははっきりした。
あのとき原型を留めない程に捏ねられてしまった水属の竜も同じように、分離していたはず。

"ぼくら"ではなく。
"ぼく"と、"彼女"と、"彼"。
それぞれをくっきりさせる事が出来たら、と思う。
まあ尤も、既に"彼"の力はどうしようもなくこの身体に満ちて、それを借りている形にはなっている。
"彼"と対話することは出来ないだろうか。
そしてなんとか力を借りることは出来ないだろうか。
行動だけでなく、身体にまで変革をもたらした"彼"なら、もしかしたら――。

――思考が、停まる。

再び敵意が迫ることを、身体は既にびしびしと感じ取っていた。

微かに、囁くような声。けれど、酷く掠れたそれはとても言葉足りえず、くぐもった響きだけを残して消えた。

首を巡らせる。何度も、何度も、何度も。
それでも探し物を見つけられない竜は、やがて身を翻して駆け去っていった。
探し物を捜しに、探し物から遠ざかっていった。