背に負った小さな姿を酷く軽く感じる。それは本当に彼が小柄だといったことに起因するものではないことを私は知っている。
　その証明に、アクアパレスの水に晒され、体温の無いこの私の身体に触れ続けていることを除いてなお、この背の身体はどうしようもなく冷たく、ぴくりとも動きはしない。本来動くべき部位のどこも動いてはいない。
　そうだ。
　脳も心臓も動きを止めているこの肉の塊は、すなわちただの屍体である。

　そんなものを持っていってどうするのかと咎める口を持つものは誰も居ない。ただ人形が見守るのみだ。契約の対価たる生命力の供給を待ち望むエンブリオたちは、しかし一度断たれたそれがどう戻り来るかを知っている。
　それが止まったのは初めてではないから。

　倒れる度に斃れていた。真を問えばただそれだけを答えようと思っていたけれど、気付かないふりでもしているのか、本当に気付いていないのか。ついに今まで一度も聞かれることはなかった。だから私は止める機を量りかねたのだ。自ら生命の華を散らすと彼が言い出した時に。その裏で己の身に何が起こっているかを知っているのか知らないのか、それ自体を量りかねたから。
　どうとでもしてやることはできる。だからこそ今まで彼は歩いてきて、ここにいるのだから。そして逆を言えば、私がどうとでもしてやることがなかったなら、彼の肉体はとうの昔に本人からすれば見も知らぬ世界の土になっていた。そんな危うい途。しかし彼が帰ることだけは保証されている。それが私の成すことであるから。私が祝福を注ぐというのはそういうものであるから。
　数時間をかけ城内まで戻る、それほどの時があれば十分だ。現に、水の道を通り来た時は点々とその後を染めていた紅は今やその姿を見せない。外に出た分は乾ききり、傷となった分はこの数時間にて癒えた。それが割り込む隙などどこにもない。
　寝かせた身体に尾を当てれば確かな心音が響き、体温は些か足りないが深い呼吸の動きもある。どこからどうみてもこれは生者に他ならない。ただ敗北と負傷の、それも自ら選んで受けた不幸を負っただけの。

　纏わり付くもの。
　私の目にしか映らないそれは穢れに他ならない。人ならぬものの力に晒される肉体と魂の悲鳴に他ならない。ただ悲しきは、私にはそれを見る力はあってもそれを聞き届ける耳はない。悲鳴が上がろうとそうしてやる以外に私に手段はない。そうすることが私のある種の責任であるとすら信じている。身勝手の上塗りと笑うものもまた、居なかった。


　自分以外には。
　そして私は理解できなかった。どうして私が、これを『納得できる理屈』と判断し得たのか。
　しかし確かに結果はそこにあって、私はその責任を負わざるを得ない。

　何かが蠢いているような気さえした。
　私の知り得ぬ何かが、私の精神のその中で。

白い猫の獣人の話を聞けば、頭を片手で抑えて。苦虫を噛み潰したような顔になる。

お先真っ暗であった。

落ち着き払った様子でコレに応えて。

ここまで話すと、はたと気付いたように口を噤んで止まり。