「力ねえ」

「うん。今以上になるには、どうしたらいい」

「まだあいつの為に何かするのか？
　って聞くまでもないよなその頑固な目見れば嫌でもわかるわ」

「……駄目？」

「今更駄目とも言わんし止めもしねえよ。
　止めようとする方がよりややこしくなるって学んだしな」

「……」

「で、力ね。力。そうだなあ。
　……トウカ。お前は自分がどのエンブリオと相性が良いと思ってる？」

「それはやっぱり、……ルトゥ？」

「まあ、お前は『風』に対する思い入れが強いし、
　これまで一番扱って来たってのもあるからな。でも答えはノーだ。」

「じゃあ、……ニゲラ？」

「それもノーだ」

「……違うの？」

「お前の血じゃ、『そういうもの』を見る事は出来ても、力として行使する事は出来ない。
　……まあ、場合によっちゃ物好きな奴にめっちゃ好かれるだろうから、これまで通り力を借りるって体なら問題ないが。
　自分の意思で扱う事が出来ない以上──ああまあ、もんの凄く頼りになるし力に不足があるわけじゃ断じてないがお前が欲してるものとはまた別になるだろって言いたかっただけだ悪意も他意もないから呑み込んだ奴ちらつかせるのやめろお前やめてくれさい！！！」

「？」

「いやなんでもねえこっちの話だ。頼むから振り返るんじゃねえぞトウカ。俺はまだ消えたくない。
　──で、お前に適してんのは、水だな」

「みず」

「そう、水。特に氷ね」

「ニゲラ……、……なぜ？」

「わたしが咲かせる花は、あなたのイメージを拠り所にしているから。あなた『風』だけじゃなくて、『雪』にも思い入れがあるのね」

「思い入れは……、……別に、」

「……ふうん？」

「あー……まあとにかく、そういう事だ。
　と言ってもここは水辺からは離れた場所だからな。水の奴らと契約するのは──ああそうだ」

「どこか、心当たりが、ある？」

「これから入る森は『妖精の森』って言われてる。名前の通り多くの妖精が住まう森だ」

「そこなら、水の力を持つ子も、見つけられる？」

「ええ、そうね。恐らく探すまでもなく、ね」

「？」

「行けばわかるわ。ねえ？」

「こっち見んなよ。まあ、あそこの奴らに対するその認識は間違っちゃいないけどよ」

「……？」

空に漂う赤の妖精、レッドベリルフェアリーを指で示しながら言う。
…レッドベリルフェアリーはあまりいい顔をしなかった。どうもメィレーには良い印象を抱いていないらしい。

指をくるくると回しながら、思い返すようにしゃべる。

コツとかやりかたなんかも、そのほうがわかりやすいでしょう、そう付け足しながら。

メィレーの言葉は尤もだ。
ブラッククロニクルによる改竄の力だったとしても、一時は風を操る権能を持っていたことに変わりはない。
であれば、使い慣れている風の力を持つ妖精は他のエンブリオに比べて力を借り易い筈だった。

それが真であれ偽であれ、『風』というのは自分の性に合っている。
視線はいつしか、何となく開いた掌の中に落とされていた。
右目で見ても、そこには何も映らない。
掌を握りしめた。視線を上げ、魔女を見据える。

ヤサカはマコトの瞳をつめる。

ヤサカは目を瞑り深呼吸ともため息ともとれる吐息を漏らす。

そう言うと勢いよく立ち上がり、
傍らに立てかけた小銃を掴み取ると肩にかけた。

少女もまた、魔女を見る少年の瞳を見つめる。
風、と耳にした時、心配だった。
彼の心が、再び翳ってしまわないだろうかと。
けれど彼は、もう立ち止まってはいない。
そっと、目を細めて。

彼が、彼が望む力を手に入れられるように。
それから。
何処かつれない表情の火の妖精、それから己の友人である風精へと視線を移して。

力を借りに行きたいのだと、静かに、けれどはっきりと声に、言葉に。

咳払いをして言い直す魔女の姿に、苦笑気味に目を伏せて笑う。
緊張が溶けたような様子で深呼吸をすると、少年もまた、目の前の妖精たちへ言葉を投げた。

俺と皆を繋いだ風を、止めたくない。止めさせない、だから！

ヤサカは中を構え、定位置へ走る。

走りながら遊底を引き、弾丸を装填する。

そうつぶやくと急停止して、しゃがみ込み素早く狙いを定めた。

咳払いをする彼女、風を欲する彼、その背を押さんとする彼女。
初めての場所。知らない火と水と風と地の気配。
その中に、すっかり身体に馴染んだ風を吹かせる。
しゃらと舞う、氷の花弁を乗せて。

　ふい、と赤の妖精が顔を逸らした。