――昼間、あれほど降っていた筈の雨も、夕刻を過ぎる頃にはすっかり止んでいた。
　名残惜しむかのよう、ゆっくりと流れてたなびく灰色の雲の隙間から覗けるのは、皓々と照る上弦の月。上天に浮かぶ半月。だが、雲間より投げられる光にも増して森は明るかった。しろがね色の光に濡れて、灯りの一つも持たずとも歩ける。望月の恵みを受けた夜陰。
　けども森に満ちる月の光はいつも通り、満ちみちたまるい月の其れと変わらないものだった。夜闇に沈んだ緑の影を、青白い精霊の羽ばたきが見える。


―――――ぁ


　窓枠の風景画は実に幻想的なものだった。暑さから覚醒した意識。
　あつい、あつい。心の中で警鐘を鳴らす。
　――冥い闇からからだが揺れる。乾いた舌の根が、ねとりと喉にへばりつくよな心地に何となく俯いて、ざらりとした舌が口内を舐めた。
　からだが重くて動く気になれない。手と大腿すっぽりと隠れた大きなシャツ一枚だけの姿で天の井を仰ぐ。水浴びをしてから乾かさずに、泥のように眠っていたことを思い返す。きっと髪はぼさぼさだ。
　寝汗でべっとりとした体躯は汗を伝う。衣服にへばりついて、骨色の肌がシャツごしからうつり、スレンダーな体躯のラインをはっきりと強調させる。
　息遣いは何かを呼ぼうとして呼べなかった。或いは声を掛けようとしてできなかった。こうなっては水を飲みに行くこともできない。ぐったりとしたまま背中から植物を顕現させる。それを伸ばして、未熟な桃……白桃、を、を実らせた雑多な花を寄せる。
　唇で接吻を重ねるように花びらを啄む。快楽を求める情に塗れた女のように。一夜の享楽を甘言する雌のように。時折甘ったるい声を漏らして。―――幾分か堪能すると、花とともに果肉を舌で転がすと食いちぎった。
　にちゃ――ぐちゃり、ぐちゅ――きもちのわるい感触が口内を満たす。直後注射の針を刺されたような、ちくりとした痛みが全身を駆け巡り、口の端から唾液交じりの果汁が流れてベッドを汚す。
　簡易的とはいえ、未熟とはいえ、宝石の様にきらきらと輝く半端に甘く、みずみずしさのある果汁で満たされれば、渇きも飢えも癒える。種を引きずり出し、口に含むと舌先で転がす。甘くて苦い味が味覚を刺激してくる。わずかに頭ををあげて飲み込みやすいよう。喉を通って、染み渡る液体と固形物。それがとても心地好くて、体の中に溜まった熱を吐き出す。
　手足も重たく頭も重たく、まるで全身水浸しになってしまったように。どれもこれも、重たげに垂らしながら口だけを動かす。ほっそりとしたウィスパーの声とともに、かすれた声が息をつかせる。
　仮令、それが酷く諦観した己の声だったとしても、己の声すら心地良い。
　ようやくして手を持ち上げるだけ持ち上げられると脳は判断したらしく、右手を挙げてみる。それは己の意思とは無関係の、自然なしぜんな、誰かに突き動かされたのではないかと思えるほどスムーズな動き。
　短く衣擦れの音がする。袖の隙間から怯えた白い指先。臆病な小魚めいて、そろりと覗くほっそりとした指先。数分程の長い逡巡。
　指先を口元に寄せて、舌で指を舐める。白磁のように柔らかく、少しでも歯を突き立てれば破れてしまいそう。


……ッぅ、……ン―――ッ


　最初は指の腹を唇でなでるだけだったが、中手骨の先端を歯で固定して、指先の肉と爪を貪る。口にしたばかりの未熟な白桃の心地が奇妙なほど冷たく感じる。
　熱い吐息を隙間から漏らし、指を一本一本丁寧に愛する。
　――始めの男の妻だった筈の女は男に拒まれて楽園を去ったと云う。そうして其れは蛇となり、果実を含めと甘言したとさ。
　蛇に絡まれる妖女ような様。そんな蛇婦の心を表したかの様な、哀しく切なげな言の葉が震える喉から絞り出される。


……ひぎ……っ、　ァ　


　ガリ、と指先を食む。皮膚を食い破り、その中に流れる血液が一滴口内に落ちる。無意識でやった行為。歯を埋め込んだ鋭い痛みに、肢体がびくりと跳ね上がった。
　じくじくと痛み始め、熱を帯びる。血を抜かれる其処は氷を当てた様に冷たく冷えて、鳥が首を絞められた時のような細い鳴き声、苦悶が漏れる。
　ちゅぱ、とわざとらしく水音を立てる。唾液を引いて、天に向けて糸を伸ばす。すすり取った血液は体内を巡り、冷たい感覚が体の中に巡る。
　血が抜けたからか、それとも意識が覚醒しているのか、それすら判別はつかないのだけど、僅かに澄んだ心は落ち着きを、安息を齎す。
安息は、名もわからぬ安堵を誘い、安堵は安楽の微睡みを呼びたがる。
　ほぅ、とやわい息を吐きながら、とろりと目を瞑る。そのままくたりと横たえて。微睡みの息はやがて、再び寝息に変えて。

　―――寝苦しい夏はこれから始まる。

突如出てくる胞子に驚いたようで思わず目を瞑る。
すると先程までの少女が女性の姿に変わって目を丸くしてしまう。
更に自分より大きいのがほんの少しだけ悔しいようだ。

しばらく語りかけるように、つぶやくようにしていたものの仰け反るように腕を投げ出して。

　さすがに、それ以外に方法はないか。そう思いつつ、作成の段取りを考えることを決める。


　難解な技術。そして石よりも強固な建材という言葉には小さく頷いて見せ、

　過酷な環境を克服する事は、自身の願いの一つでもある。故郷に応用の効くものであれば学びたいところでもある。

　ネクターの絡む事ゆえに譲れなかった。

　異世界の花。それを見に行くという提案には目を丸くし驚くが、間もなく喜びへと変わる。

　戦を終わらせた後の楽しみがまたひとつ増えた事は、喜ばしいことだった。

偽の話を一通り聞けば、なるほどねえ、と納得したように頷いて。

何故かしんみりと呟く。

目的を早く達成したいと思わないのか、と問われれば。

（PL)現在ストーリーの都合で一度メッセを切り上げております。
ヘリヤと遊んで頂きありがとうございました。メッセ再開の折はまたよろしくお願いいたします。

あまりにもすんなりと、彼女の言葉を認めてみせる。

おれは、と、溜め息のような掠れ声。

首を振る。

　言い振りからして、前に聞いたことはあるらしかった。どうにも、馴染みは薄いようだが。

　あれが正常なのか、疑問には思っていたようだ。詰め寄るような勢いで確認を取る。

　恐る恐るそう問うた。

　さてそれから、慣れないものの一応は励ますために言ったつもりが、返ってきたのは渋い顔だ。
　何かまずいことを言っただろうか、彼女を窺う表情は些か心配そうだ。

数回手を上げ下げして迷っていたようだが、とりあえず話しかけてみることにしたようだ

花の香りがするシャツをとりだす。
出来立てのシャツワンピースを抱きしめながら、様々な花の香りを堪能する。
これはバラ、これはシャクナゲ、これはヒマワリ、チューリップ、etc.

実によい出来だ。《１０番目》にも礼を言っておかねばならない。

雪火女の力の影響か、それとも『彼女』の特性たる影響か。
この髪飾りはエンブリオと似た形質をもっている。
雪女としての力に《リリス》が干渉。妖女の一端が増幅され、なおも成長を続けている。
どうにも似た形質でないとうまく機能しないようだが……。
出来上がった髪飾りを付け直し、彼女はほぅと息をついた。
――椿にはないはずのプワゾンを仕込みながら。