「ハァ〜　流れ流れェて
気がつきゃァ　川面〜ォ♪」

日の光をちらちらと反射する滑らかな川面に、野太い濁声が響く。
見事な胸毛をさらした歌の主は全裸であった。
男は船を漕ぐ手を止めると、白い羽毛に包まれたアヒルの尻をふりふり
船上で身を翻し、足元の投網を掴んで放り投げた。

「男ォ〜一匹　投網をォ　投げる〜ゥ♪　…っこらせぇーい！」

日に日に、ごく僅かずつ。だが確実に漁獲量は減っている。
ざっと眺めてそれを悟って唇を歪める男の視界の端に、動く人影がよぎった。

「……おっ、ドゥシャン！　ドゥシャンかや！
なんぞい、仕事かいや！」

「おーい、ペタルさん！　お仕事ですか、ご精が出ますねえ！」

答えて手を振るのは、郵便配達夫の征服に身を包んだ青年であった。
ペタルと違い、こちらは長い二本の足を持っている。
川べりで手を振るドゥシャンのもとへ、ペタルは船を滑らせた。

「お前さんこそ精が出るのう！
なんじゃ、ええ知らせでも持ってきてくれたんかな？」

「生憎生憎！　一揆もどうやら膠着状態のようでしてねえ。
王の姿さえ見つけられてはいないようですよ。
ああですが、そちらさんにはいい知らせ…になるんでしょうかね。
来てますよ、手紙。プピンさんとこのお嬢さんから。
トート村からは、あの子が一揆に出てるんでしょう？
よかったですねえ、手紙が書けるくらいだ、きっと無事に過ごしてますよ」

人のよさそうな青年の手から手紙を受け取り、男は翼の下にそれを挟んだ。

「昔っから家の手伝いもせんでフラフラしとったが、
まぁだその癖が抜けとらんのじゃろなあ。
向いとるっちゃあ、向いとんじゃろけんど、
あいつぁまだまだややじゃしおなごなんじゃし、
そろそろ呼び戻しちゃらんといけんかものう。
…まあ、とにかく手紙はワシがプピンかたまで持って行っとこうわい」

「そりゃあ助かります。
ところで、トート村の皆さんは、手紙や荷物のご用命はありませんか？」

「さあて、それも聞いておこうか。
待っとってもらわないかんが、そん間はどないするぞな？
わしとこで良けりゃ、飯でも食うて行くかな？」

「ははっ、それは魅力的ですねえ！
でも、生憎もう少し仕事が残ってて。
待ってる間にもう一件、配達に行くことにします。
――向こう岸まで、乗せていってくれますか？」

「なんじゃ、ガチョウ村けぇ！
急いで帰ってこいよ！」

さっさと船に乗り込む青年に笑って、ペタルは水面に船を滑らせ始めた。
夏の強さを持ち始めた日差しが、のんびりと二人を照らしている。

「よい、サービスじゃ。一曲歌っちゃろか？」
「いえ、それは結構です」

述べられる礼に、にんまりと笑いながら浅く頷きを返す。
引っ張り出されたケープと諸々に、その意図を察してか、
男もまた荷物をごとごそと探り始めはするのだが。柔いものは手元にない。

それはそれで中々シュールな光景ではあったが。
彼女の器用な指先が作りだした靴を一瞥して、瞬く。
裸足よりはきっと楽になるだろう。けれど、此処の床は固い。

悩むような素振りを見せてから、ああ、と手を叩き。

敵地でいわゆるお姫様抱っことなると、悪目立ちも甚だしい。
ので、首を振っても食い下がることは無いだろう。

アヒル足専用の靴ってあんのかな、と、呟きが落ちた。

声のする方を見やれば歩み寄ってくる少女、その姿には見覚えがあった。
しかしその歩みは遅く、距離と時間を縮めるために自分からもそちらに歩いて近付いていった。

男の指に嵌る指輪から、不穏な気配が漂い始める。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。