夜空に繊月が煌めいている。
周囲には光の強さが区々な星たちが集っており、この時ばかりは自分達が主役だと言わんとしているように見えた。
しかし、三日月にも満たない月明かりは、人を探すのには不向きであった。
そう。陽姫＝彩洛――皆にはヒメと呼ばれるている――その少女は、人を探していた。
「オハナヲ　ツミニ　？　行ってくるのだっ！！」
表現はマイルドになっていたが、恥じらいの欠片もない宣言と共に居なくなってたっぷり十五分。淑女には程遠い少女、アヤメ＝S＝フリューリングが戻ってくる気配はない。
多少過保護とも思いつつ、それでも心配になったヒメは、アヤメを探して駆けずり回っていた。
「ぬーっ！！　どこに行ったのじゃあやめーん！！　返事をするのじゃーっ！！」
母親譲りの大事な着物を盛大に着崩しながら、淡い光を放つ虫達が踊る草むらを、水の和流を放ち続ける河原を、ひたすら駆け抜けた。
　ヒメは、誰かを探すという事に手を抜くことはしない。
彼女自身が持ち合わせた慈愛の精神……というだけではなく、アヤメを含めた家族３人がこのメルンテーゼに来てしまったのは自分のせいであり、探してくれるのはとても嬉しいことであり――
「探す者はこんなにも不安になるのじゃ……手なんぞ抜けぬわ……！」
心配されたことを、自惚れだと疑うことすらなかった。それほどに彼女は家族から愛情を受けている。
故に。ヒメは、誰かを探すという事に手を抜くことはしない。
　その思いが通じたのかどうか、お目当ての少女はそんなに遠くへは行っておらず、すぐに見つかった。
　
＊　＊　＊
　
　夜空に繊月が煌めいている。
周囲には光の強さが区々な星たちが集っており、この時ばかりは自分達が主役だと言わんとしているように見えた。
それを見上げている少女が一人居る。膝を抱くように地面に腰を下ろし、遠いものを見る目で、実際遥か遠くにある月を見つめていた。
　アヤメと呼ばれるその少女。普段は明朗快活、天真爛漫を絵に描いたような元気娘なのだが……今はとてもそうは見えない。
三日月にも満たない、か弱い月明かりがそうさせるのだろうか。触れれば今にも消えそうな儚さを彼女は抱えている。
　アヤメを見つけた時、ヒメは直様声をかけるつもりだった。がしかし…声をかけてしまえば今すぐにでも消えてしまいそうで――
パキリ。静謐のような空間に、乾いた音がやけに耳障りに響いた。ヒメが枯れ枝を踏んづけた音だ。
　月明かりに照らされた、機械の身体を持つ狐耳の少女が、ひどくゆっくりとヒメに視線を向ける。がすぐに視線を夜空に戻し、小さな唇からかすかに音が放たれた。
「ヒメ。この月は消えちゃったらどうなるのだ……？」
口を開けば食物の話。お腹がすいたのだ！！が口癖というよりもう生き様になっている彼女から、このような言葉が紡がれるとは思わず――要するに「おなかがすいたのだ……」と呟くとヒメは思っていた――ヒメは言葉に詰まってしまった。
「この月はもう消えてしまうのだ。今日が終わって、明日の夜になった時に、このお月様はまた登ってくるのかな……」
機械の少女は、酷く物悲しい瞳で月を見つめ続ける。
ヒメは知っている。アヤメがこういう目をしている時は、それこそ命に関わるような危機を、あるいは悩みを抱えている証拠であった。
「月も太陽も、形は違えど必ず登ってくると皆信じているのだ。でも、一体それを誰が保証してくれるのだ？もしかしたらあの月は大きくなるかもしれないし、消えたらなくなってしまうかもしれないのだ」
「あやめん――」
「ボクは不安なのだ。右から左、左から右へと満ちていく月が、いつか登らなくなってしまうんじゃないかと。ボクもいつか――」
「あやめん、待つのじゃ！！」
かすれた声で言葉を紡ぐアヤメに耐え切れなくなったヒメは、自分勝手だと知りつつも言葉を遮る。
彼女は……アヤメは重大な間違いをしている。
それを指摘する為に……ヒメは、厳かに口を開いた。

「月は――こちらから見て右から左へしか満ちぬぞえ？」

ひゅるりらー。冷たい風が、アホの娘達の間を吹き抜ける。
「ボボボボクもいつか消えてしまうんじゃないかと思うのではなかろうなのd」
「テッテレー。ヒメ特製手作りクッキーがここにあるのじゃー」
「ごめんなさいちょっとした出来心だったんですボクもかっこよく決めたかっただけなんですなのだーっ！！」
「言い訳は後見人二人の元で聞くのじゃー。ほれさっさとついてくるのじゃー　お手！！」
「ワンなのだ！！って待ってヒメー！心配かけてごめんなさいなのだーっ！？」

夜空に『繊月』が煌めいている。