三階を攻める手勢も今やもう少ないとは言えない。四人や五人では利かない人数が確かに後ろを固めている。おそらくは城の本命
だろう中心部へ向かっていることを思えば依然不安の残る数でこそあれ、少なくとも革命の目指す喉元へ真っすぐに刃を走らせようとしている者たちはそれなりにいるのだ。巧みに少人数の機動性で動くことで、私たちの目に触れることを避けながら。

私たちは強いのだろうか？　冷めた目で見れば、それほどは。三人同士でぶつかり合ったとしても、互角以上に渡り合う顔ぶれも五十か六十はあるだろう。最先端で戦う者たちの練度を考え合わせれば、私たちと戦ってまったく勝ち目のないという者はゼロに近いはずだ。それでも人は事故を避ける、万一を避ける、難を逃れる……革命を成就するために。悪くない。

人を狩るのが楽しいわけではない。嬲るのが好きなわけでも。ただ、知り得ない未来の闇に対してせめて最良の財貨を得ようと人が選び取る意志の采配が魅惑的なのだ。誰も未来は知り得ない。それでも未来は統御せねばならない。ゆえに人は知恵を絞り技量を尽くして、未来に向けて「通る一手」を模索する。だが例えばそれが通らなかった時、来るはずの明日が来なかった時、選びとるはずの安全を捉え損ねた時、人はどうするのか？　傷つきながら最良を尽くすのか？　追い詰められて自棄になるのか？　気萎えて荷を下ろすのか？　――ここまで来た兵は練達ばかりで、そうした兵はなにが自分を最も裏切らないかを知っている。そして、自分自身を裏切らない者が結局のところ常に正しいのだということも。彼ら彼女らは傷つきながら最良を尽くす。失着しても挽回を夢見て再出発する。もう一度、もう一度、それにまたもう一度。強い戦士は繰り返すことに耐える、倦むことなく旅に出る……その顔は私を満足させる。あんたもまだ戦うんだな。まだ見限らない。

王を倒した後、どうするんだ？　新王が政策を撤回したらどうする？　どんな国をあんたは作りたい？　王のアテはあるのか？　ルリアンナをどう思ってる？　どうしてこの革命に名を連ねたんだ？　訊きたいことは山とある。できることなら酒でも酌み交わしてチーズをつまみながら語らいたい。しかし人はたやすく言葉を裏切り、言葉も人に忠実でない。そうした楽しげな会話は一夜の思い出にはなるだろう。それがまた別の一夜の絶望的な撤退を踏みとどまらせることもあるかも知れない。それでも私は、人が意志について語る言葉は、それが意志を必要としない場面で語られる限り、信じない。理想と絵空事なしに革命はできないが、理想と絵空事で踏みとどまることができる者は少ない。危機において――手持ちの利得を総動員して乗り切る抜き差しならない危機において、一文の得にも腹の足しにもならない意志を守れるか？　貫けるのか？　それは結局のところ、危機が訪れなければわからないのだ。おそらくは本人にも。だから私は杯の代わりに銃を握る。チーズの代わりに喉笛をつかむ。言葉で訊けることは多くない。それでも危機はひとつの呼びかけとなる。強いられた応答が耐えかねて返る。私はそれに耳を澄ます。……

慣れない喧噪の中、オルガの声を拾いやすいように
少しだけ身体を前のめりにして。

そこまで言って、はたと注がれるワインの音に顔を上げ、
自身が知らず知らず机の上を見つめていた事に気がついた。
おずおずとグラスを自身の方へ引き寄せながら、オルガの仕草をじっと観察し。

ぽつとつぶやきながら、そっと捲られる左腕に視線を注ぐ。
やがてそこからにじみ出た赤い色に、はっと目を見開き。

両手でグラスを握ったまま、オルガの乾いた低い声を聞く。
裏返しの「ange」。釘づけられた視線はやがて、そのまま服の裾にぬぐい去られるままにオルガの顔へと戻り。

恐る恐るその左の掌を覗き込みながら。

わずかな羨望の色。
オルガを待って未だ口のつけられることのないワイングラスの中身と、
そしてまたオルガの顔とを交互に見やりながら。

言い切る前にオルガがワインをあおるのを見て、
少しの間を置いて自身もそれを真似る。
わずかに眉根を寄せたあと、少し口の中をゆすってそれを飲み込み。
小さく杯を掲げる。Salut、そう付け加えて。

スカートの裾を掴み、一礼した。