「うふふ〜　それはそれで、楽しそうだわ〜
本当、見てみたいわね〜　それに……うふふ〜
水浴びだったら、ご一緒できるものね〜」

軽口に、こちらもくすくす笑って頷いた。
おおよそ一年前、そうだったらよかったのにな、と想像したことを思い出して。
あの時は、彼の経てきた道など想像もしなかった。
黒く長く伸びる爪を面白がって、正体を問うたこともあったけれど。
けれど、あの時もし、彼が己の請うままに正体を明かしてくれていたとしたら。
きっと、怯えてしまっていただろう。
泣きはしなかったかもしれない。けれど、彼を傷つけてしまったことだろう。
だけど、今は――今なら、きっと。

「…………」

肉を炒める煙に紛れて、そっと口の端を引き上げる。
そうならなくて、よかったと。心の底から。

「うふふ〜　そうね〜
おなかがすくと、考え事まで悪い方に行っちゃうものね〜
そうなる前においしいご飯でほっこり、って大事よね〜
ね、エンバーさん……　あら、なあに〜？」

言いかけて、飲み込まれた言葉に鍋から目を離して、続きをねだる。
が、話がいつもの他愛ないものへと移れば、結局そちらが楽しくて、ねだったことさえ忘れてしまったように話は弾む。
まるで綿毛のように弾む話の下、互いの手は休まず動き、そして辺りに漂い始めるのは食欲をそそる暖かな香り。
低く感嘆の声を聞かせてくれる彼を見上げて、自然顔がほころんだ。

「うふふ　エンバーさんも、さすが、だわ〜
わたし、何を作るか言っていなかったのに、ちゃぁんと分かってくださったのでしょう〜？
うふふ　嬉しいわ〜　なんだか…以心伝心、って感じ！」

飲み物を用意する彼の近く、それぞれの皿へとパイを取り分けながら、無意識に尾羽がぴるると揺れている。
言わずとも伝わり、先回りして動いてくれるほど――きっと、彼は己を見ていてくれたのだろう。
それと、同じように。身に付いていることが、己にはあるだろうか。
いつも彼の後ろをついて歩いて、彼の背を見て。

「……うふふ〜」

皿とカップを引き換えながら、声を立てて笑った。

「さあ、冷めないうちに――ね？
いただきま〜す！」

彼の言葉に、触れた頬に傷のないのに安堵する。

優しい手つきに、余計に申し訳なく思ってしまって、大きな手を乗せたまま首をすくめる。
詫びと共に連ねた言葉は、自分でも言い訳じみて聞こえて途中で止めた。

立ち上がるその手を引かれ、動きを止める。
見上げた彼の顔は。

胸に、ぽっと暖かなものが灯るような、そんな気がして。
声を少し震わせながら、でも確かに満面の笑みで、お礼を言って。てちん、と座り直した。
彼が動き回っているのを、落ち着かなさげな顔で見つつ、鞄の中を探り始める。

言いながら、手はもう着なくなったケープを取り出している。
足を包むように巻きつけ、リボンで留めて。
不恰好な、急ごしらえの靴。否、靴下かもしれない。
ぱふん、ぱふん、とその場で足踏みしてみた。

男の指に嵌る指輪から、不穏な気配が漂い始める。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。