トロイア勢の亡霊を率いる謎のシスターは、その日もゾンビ小隊を防衛ポイントに配置して一揆衆の進行を待ち構えた。そして、午前、一揆衆の進行がはじまる。方々で一揆衆と王城側の攻防が始まる。シスターが担当する大廊下の様子を使役する亡霊の目を借りて伺っていると、平家の怨霊を引き連れた壇ノ浦怨霊拳の使い手、シュガーレス・ショーガがゾンビ小隊と交戦中であった。怨霊拳には己の降霊術で対抗しなければなるまい。シスターはシュガーが交戦中のポイントに向けて廊下を１人つかつか歩く。

シュガーの戦いぶりをその目で捉えたシスターは顔をしかめた。昨日のシュガー達はゾンビの回復力を突破できずに進行を諦めて引き上げて行った。しかし、今日のシュガー達は戦い方をがらりと変えていた。ゾンビの回復力に対抗するための単発火力中心で戦闘に臨んでいる。支援火力にとゾンビに随行させたシルキーは早々に狙撃されて撃退され、高火力の魔弾をあびてゾンビの体力はみるみる減らされて行く。

戦いの途中からシュガーは時々瞑目して印を結び、魔力の集積を行っていた。そして、大廊下内に風が吹いて雲が湧き始めた。霊体の姿を見、その声を聞くシスターには、雲からは平家の怨霊の怨嗟の声がくぐもり、鬼火が集ってまばゆい雷光が走り出す姿が見えた。そして、シュガーの指先が残ったゾンビに向けられると、雷光が煌めいてすさまじい大音響が轟き渡った。

怨霊の雷であった。ゾンビは雷に撃たれて丸焦げとなり、ぶすぶすと煙を上げ、全ての機能を失って倒れてしまう。十分な準備を積んだ怨霊の雷は必殺の一撃である。シュガーは息を吐いて顔を上げ、大廊下の彼方を凛と見据える。

シュガー達はさらに大廊下を進行するつもりだろう。シュガーの意志をそう見て取ったシスターは、すうと息を吐いて指先でスターを描き、あの世とこの世を繋げる術式を履行する。シスターの降霊魔術はエンブリオに守られた一揆衆には効果が薄いのだが、怨霊拳の使い手であるシュガーには効果が発揮される。シスターはエンブリオを消尽したシュガーら一揆衆を押し止めるべく、自らが契約しているトロイアの亡霊達を召還する。西洋古典文学の源流に朗々と歌われる英雄達は神々の加護をも受けており、平家の怨霊達に対しても十分な戦力的な優越を持つ。

シスターの周囲に霧が立ちこめ、その霧の中から続々と槍を甲冑で武装したロイアの歩兵部隊が現れる。その部隊の中心に燐光が立ち上がり、輝く兜のヘクトルの霊が姿を現した。シスターは大廊下を進んでシュガーの前に姿を現すべく前を向いた。

しかし、シュガー達一行は、なにやら満足していた。

そしてシュガーたちは身を翻して引き上げて行った。シスターに背を向けてゾロゾロ大廊下の入り口へと戻って行く。どうやら彼らは大廊下への進行はやめにして森へ向かうらしい。

彼らは森でバードウォッチングをするらしい。引き上げていくシュガーの後ろ姿をシスターは無言で見送り、ヘクトルの霊はあきれた口調で呟きをもらす。

シスターはシュガー一行の黒月を指差す。霊体やマナの流れを見切るシスターの浄眼には黒月の背中にもやがかかっているように見えた。その意味するところは、あの黒猫の世界での存在に揺らぎが生じている、ということであった。

ヘクトルの霊はほぅと唸り、お前もなかなか苦労するな、とばかりにしみじみとシュガーの背中を見送る。一揆側と王城側の攻防は一進一退、一揆開始から一月目の攻防は、こうして終わった。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは時々意味不明なことを呟きますが、
　きっと怨霊と会話をしているのです。気にしてはいけません。

無言で武器を構えた。