強権を持つ王が女神を信奉することは稀だ。

女神の本質は水。
状況に応じて柔らかく姿を変え、あらゆるものを破壊と散逸から守り抜くエレメントの元にある。
数多くの物語の中、女神はやわらかく順応して生き残ってきた。
勝つこともなければ負けることもない。最も安全な位置に守られている無害な女。

水の律に“己が意志を押し通す”という性質はない。
一方、強権を持つ王の本質は支配――己の意志のままに、全てを掌握し采配しなければならない。
強権を持つ王は、水の性質とは相容れない。

だから思う。この庭園は何であろうと。
人工の見事な庭園には、数多の―― 一人の女性を模った石像が並んでいる。
“女神の園”と名付けられたこの地は、妖精の森とは異なり、間違いなく王城の内に存在する。
知りうる限り、この地の他に守護者の名を抱いた場所はない。
王の信仰を女神とするなら、何もかもと噛み合わない。

パラダイスの貌、人となり、信仰、わたくしたちは何も知らない。
王がネクターを奪う理由。一揆衆の言い分が誠に正しいのか、その証明すら行われていない。

貌のない王。彼は一体誰なのだろう。

執事は老貴婦人の方をちらりと見下ろすと、僅かにため息を零す。

日に焼けた書籍の匂いが空間を満たす。
周囲に浮かび上がる錆浅黄色のバイナリは執事の姿を描き出す。