※前回の続き、変わらずイェジ視点。今回はE-No.1196　コトカ・ラヤヤルヴィさんと内容がリンク・続いていたりします。
合わせてお読みください。






調理場近くの休憩室。料理人用であろうそこが、今日の寝床になった。
嬢ちゃんとウルヘアの奴が調理場の最終確認をしている間に、ミハウはこの部屋を軽く掃除していた。
多少使われていた形跡があるとはいえ、埃が積もっていたのに眉を顰めたミハウが自発的にやり出した事だが、まァまァ、ご丁寧にやりやがる。
積もっていた埃を払い終え、その埃を集めて纏め、隅にあったゴミ箱に放り込んだところで、ようやく奴は手を止めた。


「よし、こんな感じでいい、かな」
「……良くやルわ。ンな小奇麗にしてやルことモ、ねェだロが」


埃を落としただけでも、だいぶマシになった室内を見て言えば、ほんの少しむっとしたような面で振り返る。


「埃まみれの部屋で寝たら、取れる疲れも取れないだろ」
「そウいうモンかァ？」
「そういうものだよ」


珍しくきっぱりと、そう言い切りやがった。
奴なりに何か信条があるらしい。良く分からンが。
そのまま、手に付いた埃も払い終えて、息をついたミハウが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。


「……にしても、コトカさん、遅いな」


ふっ、と表情が翳る。
調理場とこの休憩室は大して離れちゃいないが、それでも此処は敵地のど真ン中だ。
ウルヘアも一緒に行っているとはいえ、気に掛かるところではあンのかも知らねェが。


「真面目に調ベてンだロうナァ嬢チャン。さっきも見といたンだ、そこそコでいイっての二」


突貫組と別れたあと、飯を作る前、飯を食った後の後片付けついでに、と何回か、それとなくは俺もミハウも見回っている。
念には念をいれてもいいだろうが、最後に見てからそれほど時間も経っていねェし、問題ないだろう、と見やれば、奴は首を振る。


「あっちは結構隠れられそうなところも多いから、念入りにもなるだろうけど……、少し、見てこようかな」


心配性にも程が在る、そう茶化しでもしてやろうかと思った時。


一陣の風が、吹き込む。


するりとドアの隙間を抜け、先程まで無風状態だったここに、吹き込んだそれは、瞬く間に見慣れた形――イヌワシの姿を取る。
二、三度翼をはためかせ、空中停止しながら、


「――ピィ！」
「あァ？　どウかしたカ？」
「何か、あったんですか？」


傍に寄れば、ピ、ピィ！、ともう一度、次は急いだように鳴く。


『来てくれ、何かが居るんじゃ』


そうとだけ告げて、ウルヘアはすぐに風に戻り、また嬢チャンの元へ向かったようだ。
風が吹きぬけ、また、無風に戻る。


「……まさか」


かすれたような呟きに、ミハウを見上げる。
俺には言葉として聞こえたが、ミハウにはただの鳴き声にしか聞こえなかったはずだ。
まさか、理解できるわけはないだろう。
だが、ウルヘアのただならぬ雰囲気に、ミハウは何かを察知したらしい。


「っ！」


何かを、恐れるような表情が、すぐに焦燥を含んだものに変わる。
それとほぼ同時、ミハウの手が床に置いていたフレイルをひっ掴み。



「って、オイコラ待てヤ阿呆！」


ばん、と音を立て、扉を開き、奴が飛び出した。
蹴破るよう、というのがぴったりだろうが……つか、ンなこと言ってる場合じゃねェ！

座っていた荷物を蹴って、俺も後を追いかける。
姿はもうない。床を蹴り付ける足音を頼りに、その方向へ走っていく。
調理場は、もう目の前だった。



＜E-No.1196の日記に続きます＞

鸚鵡返しのその単語に、何を思い馳せたものか。

証となるだけの。

そこまで言うと、いつもの表情に戻す。一瞬下がった声のトーンもいつものものに上げる。

静かに、武器を構える。
一つ、深呼吸をして、相手を見据えた。