「……それは、本当に私と契約を結びたいと言った人の表情ですか？」
「……」

　一種のトラウマと言おうか、刷り込みと言おうか。
　少年は白髪というのが苦手であった。グレーならまだいいが、雪色に近いと尚の事だ。
　ごり押しで倒したヴァルキリーはそれを含めてまさに苦手なタイプである。
彼女の力がほしいのだが、彼女が同行するとなると、物凄く、気が、重い。
それを隠すこともなく表情に出しているものだから、ヴァルキリーもため息をついた。

「実は、ですね。私もこの場で仕事がある以上、あまり契約を結びたくないのです」
「負けた側からそう難色を示されるのは初めてだな」
「話は最後まで聞きなさい。そこで、私の代わりに部下を紹介しましょう」
「部下？」

　少年が訝しげに声も上げるも、ヴァルキリーはそれを気にせずに奥へ合図を送る。
すると、いつもエンブリオを喚び出すときのようにどこからともなく、
ヴァルキリーと似た装束の人物が姿を現した。
　ちゃんと食べているか不安になるほどの細身、毛先が外にはねている黒髪のショートカット、
切れ長の目に茶色の瞳、その顔つきや体型から、少年より少し年下とうかがえる。

「あなたの主となる人です、自己紹介しなさい」

　えっ、何勝手に契約確定してんの？とまた少年が顔に出した。
　この勝手に話を進めていく感は本当にあいつらを思い出す、と内心毒つきながら。

「お初にお目にかかる、我が名はミュミュ、貴殿が契約主か？」

　「何か変なの出てきた」顔だけでなく口にも出しそうになったところをなんとか飲み込んだ。
物語にしかいなさそうな物腰に、思わず少年も反応に困る。

「あー……、麻生暁人だ。よろしくな」

　握手をしようと手を差し出す、が、ミュミュと名乗った少女はその手を見るなり、
その場で肩ひざをつき、懐にあった剣を身からはずして、柄の方を少年の手に添えた。
うつむきながら少女が何かをつぶやいている。少年は少年で物語の中でしか
起きないであろう出来事に思わず身と思考を固めていた。

「いや、性別逆だろう」
「は？」

　かろうじて出た混乱交じりの言葉に、少女が不思議そうに見上げてきた。

「滞りなく契約が結ばれたこと、確かに見届けました」

　少年・少女の様子も気に留めず、ヴァルキリーが口を開く。

「少々真面目すぎるところもありますが、根はいい子です。よろしくお願いしますね」

　最後までにこりともせず、ヴァルキリーは身を霧のようにして姿を消した。
　呆然と立つ少年の横で、少女も装束の音を鳴らしながら立ち上がり、剣を腰に戻す。

「……なぁ」
「はい」
「堅苦しいのは苦手なんだ、振る舞いを少し改めてくれないか」
「どのようにいたしましょうか」
「友達感覚でいいよ」
「は！？」

　とても驚いたらしい、ミュミュは思わず一歩下がって、信じられないものを見るような顔をした。
　そこで少年もやっと相手の顔をまじまじ見る機会にありつけたのだが、どうもどこかで
見たことのあるような気がする顔だった。知り合いの誰かに似ているのだろうか。

「貴殿と私には確固たる主従関係があるというのに」
「あぁいや、うん、気持ちは分かる。しかし、貴殿とか言われるのはちょっと」
「……」
「主従関係までは捨てろとは言わないからさ、もう少し接しやすい間柄になりたい」
「いまいち、イメージが……」
「うーん、そうだな、どういえばいいか……あ、そうだ」

　少女が携える剣が目に入って、ふと思いついた少年。

「同い年の兄弟子、くらいに思ってくれればそれでいい」
「兄弟子……？」
「そう。お前、剣やってるんだろう？俺も小さい頃から剣道の修練を積んでいるんだ」
「は、はぁ……」
「お前…えーと、ミュミュだっけ。ミュミュは何歳から剣を習っているんだ？」
「8歳の頃から。本格的にはじめたのは10歳からですが」
「俺は6歳からだ」
「ろ……！」

　なかなかの好感触に、少年の口角がわずかに上がる。
　素直な反応が多いことから、純粋な性格なのかもしれない。

「他のエンブリオも俺の事呼び捨てにするくらいだし、あまり気にしなくていいぞ」
「……分かりました、これからよろしくお願いいたします」
「お前、友達相手にそういう風に話すの？」
「い、いえ」
「それじゃ、もう一度」
「……よ、よろしく」
「おう、よろしくな」

　少年がもう一度手を差し出せば、その手はやっと相手の手に握られた。

は、と何かに気付いたような顔をしている

スマホを取り出すと、その場に座った。