オリフィア王女の誕生日の前日。
　オルタンシアは重大な決意を胸に秘め、王女の部屋を訪ねた。

「あら、こんな時間にどうしたのですか。お身体がすぐれないのですか？」

　オルタンシアの思い詰めた表情を心配したオリフィアは、彼女に近寄ると頬や額に手を当てて熱が出ていないか確かめた。

「いえ、私は別に大丈夫です。オリフィア様のお身体について、お話しておかなければならない事があります。」

　オルタンシアは深くため息をついたあと、重々しく口を開いた。

「オリフィア様の身体の中に、魔王の魂が眠っています。私は、魔王の眠りを醒ますために闇の眷属より遣わせられた魔女です。」

　オリフィアは目を見開いてオルタンシアを見上げたが、逃げる様子も怯える様子もなかった。

「わたくしの身体の中に魔王……ですか？魔王というのは、昔話で聞いたことのある悪の王様の事でしょうか？」
「はい。ヴィオレット王国が平和なのは、この土地がオリフィア様の中で眠る魔王の領土でもあるからです。闇の眷属に関わらず、魔物にとって人間は家畜も同然ですが、魔王の土地を勝手に略奪することはできないのです。」

　魔女の言葉にわずかに顔を強ばらせたオリフィアだったが、きゅっと口元を引き締めるとオルタンシアを凛とした表情で見つめた。

「分かりました。それでは、私の命をここで奪ってください。」
「え、なんでそうなるんです！？そんな事できるわけ無いでしょう！」

　オルタンシアは思わず声を荒らげて、横に首を振った。

「わたくしが居なくなれば、魔王も覚醒める事がないのですよね？オルタンシアはどうしても魔王を復活させないといけないのですか？」
「落ち着いてください、オリフィア様。私の方が落ち着いてないかもしれませんが、状況を整理しましょう……まず、私はあなたの味方をします。そして、殺すつもりもありません。」

　オルタンシアは宥めるようにオリフィアの肩に手を添えた。

「味方……？わたくしが生きていたら、魔王がいつか覚醒めてしまうのではないですか？」

　きょとりとした表情で小首をかしげるオリフィアの仕草に、オルタンシアは場違いながらも心が癒やされた。

「魔王が復活する術を知っているということは、魔王の封印についても熟知しているという事です。明日の月蝕の日。オリフィア様の誕生日は、最も魔王に干渉できる絶好の機会でもあります。私はオリフィア様に魔王復活の儀式ではなく、魔王の再封印の儀式を行うつもりです。」
「再封印……ですか？それは、どれぐらい魔王を眠らせる事ができるのでしょう？」
「少なくとも一年……いえ、恐らくそれ以上は封印できると思います。私が居る限り、継続して儀式を行えば魔王は覚醒めること無く、オリフィア様も今までの生活を続ける事ができるでしょう。」

　少しだけ表情が明るくなったオリフィアだったが、闇の眷属を裏切ることになるオルタンシアの事を考えると素直に喜ぶことはできなかった。

「それでは、オルタンシアはずっと一緒に居てくれるのですね？でも、闇の眷属の人達には恨まれたりしないのですか？」
「ふふ、闇の眷属は魔王の復活に何百年も待った程度の暇人たちです。オリフィア様が天寿を全うするまでの歳月など些細な誤差ですよ。ユリシス様がいらっしゃれば、少しづつでも闇の眷属や魔物に対抗するだけの力をヴィオレット王国が身につけることもできるでしょう。」

　オリフィアを安心させようと、オルタンシアは慣れない微笑みではにかんでみせた。

「それでは、明日の月蝕の時刻に私の部屋へ来てください。封印の儀式の準備を整えておきますので。大丈夫です、痛くはないと思います……少し息苦しいかもしれませんが。」
「はい。初めて聞いた時はショックでしたが、真実を教えてくれてありがとうございます。オルタンシアは私の命の恩人ですね。」

　深々とお辞儀をするオリフィアに、オルタンシアは慌てて姿勢を正させた。

「お礼なんて、とんでもない！こんな話を信じてくださるオリフィア様に私のほうが感謝したいぐらいです！それに……」
「それに？なんですか？」

　オルタンシアの言いかけた言葉に、興味深そうに覗きこむオリフィア。

「この日が来るまで、秘密にしたまま魔王を復活させようと準備を整えていた事も確かです。私が感謝される資格なんてありません。」
「では、どうして今になってその事を教えてくれたのですか？」

　質問の答えを知っているように、オリフィアの口元には笑みがこぼれていた。

「そ、それは……オリフィア様が、やっぱり、好き……ですから。」

　視線を逸らしながら頬を紅潮させるオルタンシアに、オリフィアは満足そうに頭を撫でた。

まさに両手に花。ホクホク顔である。

少しだけ糸口をつかんだ気がした。なお、化石はとりたてて珍しいものでもないだろう。割れた結果どこかの骨の先端が残っていただけのようだ。男の故郷ではそこから元が何かを断定するほど学問が発達していなかった。