強い風が、少女のほほをなでていく。
場所は大草原、以前にも来たことがあった場所だ。
風が少女の長い髪を後ろへと流していくのを感じつつ、少女は思う。

盲目の少女が「視ている」風景は、以前夢のなかで視た風景と、酷似していた。

最初は気づかなかった。
だが、小高い丘から大草原を眺めた瞬間、少女は気づいた。
いま視えている風景が、記憶と合致していると。

自問自答。不安と恐れを胸に秘めて少女はひとり、その場で風とともに立つ。
風が波を作るかのように草原を揺らしていくなか、
少女の近くへとひとりの男が現れる。

少女からやや離れた位置に立ちつつ、金髪碧眼の男は独り言をつぶやく。
「え？」という声とともに、盲目の少女が男へと振り向くが、
男は少女のほうを見ることなく大草原を見ている。

風が、変わらず吹き続ける。

男は、微笑を浮かべつつ少女へと顔を向け、
風に髪をゆらしながら静かに声を出した。

強い風が吹いているにも関わらず、男の声ははっきりと少女の耳へと届き、
少女はその声に対して疑問符をつける言葉を口にする。

独り言のように淡々と静かに男の声は流れていく。
楽器を奏でるかのように耳障りのよい声が、少女の耳に聞こえていく。
その声に、少女はどこかいい知れぬ不安を抱ええだす。

知らぬ間に少女は右手で胸元をつかんでいた。
こらえきれない不安は、言葉となって少女の口から吐き出される。
その言葉には焦りと恐れが混じりて。

男の声を乱すかのように、強い声が少女から放たれた。
だが、男はそのことを胃にも介さず、ただひとつに反応を示す。

不協和音、そう想起させる声とともに男の顔は険しくなるが、
すぐさまその顔はさきほどまでの儚げない雰囲気のものへと戻る。
懐から男は、ひとつの物を取り出す。

「カッチカッチ……」小さく、しかし確実に、規則的な時を刻む音。
懐中時計を手の平に取り出した男は、少女を見ぬまま言う。

声ではない、言葉。
流れでていた声ではない、明確に向けられた言葉が少女へと届く。
意図の読めない言葉に対して、少女は不可解な思いを抱くことしかできない、
どう答えていいかも分からず困った顔をして少女は言う。

そこで一度言葉を切る。

碧眼が静かに少女を見据える、まるで値踏みするかのように。
風が吹き抜けていくなか、数呼吸ののち、男は口を開く。

男は自らの名前とともにどこか賞賛するかのように、言葉を紡いだ。だが、

続く言葉には強い憎悪をはらんだ声。
少女は気づく、この男は知っている、と。
確実に自分の両親につながる、なにかを知りえていると。

少女の言葉は最後まで届かない。
「カチッ」という懐中時計の音が聞こえた瞬間、金髪碧眼の男は、眼前から消えた。

戸惑いを隠せぬまま少女は風の吹く小高い丘を左右に見るものの、
先ほどまであった金髪碧眼の男はどこにも見当たらない。

男がさきほどまでいた場所へ一歩進んで、再び左右を見るが見当たらない。
なんだったのだろうか、と思って少女がうつむくと、
草原のうえになにかが光ったのが視えた。

それは男が手の平に持っていた懐中時計、しかし時を刻む音を建ててない。
動かない懐中時計を拾い上げ、少女は懐中時計を見つめる。

夢に合致する風景、そこで出会った男、ヴェル家、そして動かない懐中時計。

不安は氷解することなく、その大きさを増していくばかりであった……

盲目の少女は、じっと懐中時計を見つめていた。

しかし、表情を切り替えて少女は仲間たちに向きなおる。

不安と疑問はなくなるどころか、増えていくばかりだが、
いまはそれをかんがえている時ではない。
一揆に参加したころとは違う、前を向く強さを少女は知らず知らず、得ていた。

ふとちらりとナスルの方を見る。

ふふっと微笑して、少女は眼前のモンスターたちへと向き直った。

　ナスルは冥王星とミルフィーユを見てすこし、首をかしげた。
　

渡された包みを開けるとティアの表情が少し緩む。
出来たてなのか香ばしい香りと温かみがした。
それを一口運ぶとほろりと溶け、まろやかで優しい味が広がった。

親指をグッと立ててサムズアップを見せる

　空気を解すようにナスルは話題を変えた。
　リラヴェルという少女のことも知っておきたい、
　というのもあるのだろう。
　

いつの間にやらツキだけでなく、新たな従者たちがお茶会に参加していた。
最初からいたのか、途中から沸いたのかは……クトゥルフのみぞ知る。

ちなみにその知人とはグラーキである。

少女は、ふとナスルの方へと顔を向ける。
そこには言葉に形容しがたい物体となったボールダーがいた。

じわり、と冷や汗をたらしながら少女は、
ナスルに気づかれないようすこしばかり後ずさる。

少女の首もとを覆うようにしているエイジュをなでながら、
そんなことを思ったりした……相変わらずナスルのボールダーから距離を取りつつ。

　纏う炎の勢いが一層と強まるに、ナスルの調子の良さを表している。
　同じくして本人の顔もどこか楽しげだ。