「そういえば、学園でたまに花壇の花を食べようとする子が居ましたね」
「こどもは何をするやらわからぬものじゃのう」
「肝が冷えるとは、ああいう事だと思います。……口に入れたら、大事です」

　花壇に植えるような花でも、内側に毒をもつことは多い。
　それ自体は自然の摂理であるから、無理に毒を抜くことも憚られる。結果的に、人力で平和を維持するほかない。
　溜息のような笑みを浮かべ、魔女がちゃらりと鍵を鳴らす。ただの鍵ではない。薔薇の鍵。

「さて、花食み姫の物語でも読んだか。お菓子とは違う誘惑のようじゃの」
「そういえば、食べるつもりがなくても、採取を止められたな」

　では何のつもりで摘もうとしたのか。それはそれで想像がつくのが、この研究者の少女だ。

「白衣は着ていたし、許可証の発行も済ませていたんだがな」

　こちらの視線に気付いたか、やや憮然とした様子で補足する少女に、ああ、と曖昧な相槌を打つ。
　……その場に居合わせた職員も、さぞかし気まずかったに違いない。

「折が悪かったのじゃろうて。……さて、花を刈り取り、蝶を捕らえるとしようかの」

　魔女の呟きに合わせて、意識を集中する。
　脳裏に、灰色の馬が、かたちをとり始める。かたちは音を伴い、この場に顕れようとしている。

「そういえば、結局あれは食べないのか」
「無理です」
「では、手加減は要らないな」
「……原型を留めておるかのう」

　保証が出来ないので、黙っておくことにした。

（手袋を着用する