灰色の世界を歩く。
　緑溢れる森の中、その緑がいまは見えない。陰影だけで区分される、木々と枝葉と草木と地面。
　色が抜けたかわりに動くものが見えやすくなっている。
　使えなくなったものを削ったことで、別のものに敏感になった視界。
　心配げに見上げる少年の顔。前髪に隠れた視線がこちらの目元に注がれている。
　視線を向けられるたびに潮の匂いが漂ってくる。

　一部に関しては便利、なんだけど。味気ないのが難だね、やっぱり。
　早いところ毒蝶のうろつく森から離れて、快復に専念したいなあ……



　……ああ、でも。目を閉じると、やっぱりまだ幻視する。

　牙を剥いて泡を飛ばしながら吠える狂獣。
　首と四肢を縄できつく縛られ、それでもなお暴れようとする姿。
　もう助からない命を、楽にするために持たされた、槍。
　鋭く光る、研がれた穂先。
　地面にゆっくりと広がる、鮮やかな赤。

　忘れてはならない、遠い記憶。
　ずっと昔の、もう帰り方も分からない故郷の思い出。
　うなされるようなことはとうの昔になくなっていたのに。
　向けられる幻の敵意が、向けられた過去の敵意を、思い起こさせているんだろうか。

　暗闇の中から、灰色の現実へ、意識を戻す。
　ああ、大丈夫だよ。ちょっとばかり幻覚にやられているだけだから。

背負った薙刀を引き出し、構える。