最初に出くわした、その聖人の『日記』は、
焦げたようになっていた挙句、溝につけたようにぐずぐずで、
黒革の表紙以外はほとんど解読が不能になっていた。

闇社会の流通にどっぷりでなければ、行き会うこともなかったかもしれない。
形を保っているのが奇怪なくらいの品だった。

見た目があまりに酷かったせいで、最初は話をでっちあげて、
ゴミを売ろうとしているのかと思った。

けれど。



「馬鹿だったな」

そうぼやいて、手元の枯蔦のストゥーラを指で弾く。

見つけた日記には鍵があり、八角形のへこみがついていた。
『枯蔦』のストゥーラのサイズぴったりの穴。


結局その日記を買いあげたのは──

もしかして、鍵が、開くのではないか、と思ったからだ。


好奇心の罠に嵌ったのかもしれない。

厳重に鍵の掛けられた、聖人の日記の中身に、
下世話な興味があったのも事実だ。

けれど、それ以上に、当時は過去の偉人の残したものに関われるのではないかと、
盗賊が宝を発見したとき、そのままの高揚感があった。


「……その、結果が、今か」

大概に無様なものだ。







ぱら。と紙を捲る。


今、手の中にあるのは、そのときに買い上げた残骸じみた日記そのものではない。

原本──、聖人の「友」。悪魔を封じていた日記の中身を、
アウグストゥスが建てた修道院の者たちが、解読して書き写した──写本だ。


そうしてそれは、グレイマン・スモーキーにとっては、
唯一となる、同病を患った人間の経過観察記録だ。




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私の友達。君の声がしなくなって、いくらの時間がたっただろう。
君をどうにか助ける方策はないかと文献をあさるために、
陽が昇り沈むのを気にしなくなったせいで、正確な日数がわからない。


食べ物の味がわからなくなったと気づいたのは少し前のことだったが、
好んでいたインクの香りが、私の鼻を擽らなくなった。




窓の外を見る。今は昼だ。影になる室内からは、
紅い花が陽射しを受けてゆれているさまが、よく見える。

常にあったネクターの香りを、
いずれ思い出せなくなってしまうのだろうか。

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　――しっぽが揺れている。