シュガーは威力偵察の意図を持って再び城内へと侵入した。王城の情勢の把握と、シュガーを付けねらう謎のシスターの動向を探ることが目的である。城内の大廊下には他の数パーティが進行中らしく雑多な足音がこだましていた。シュガーたち参戦者は長く長く続く廊下を警戒しつつ進んでいく。

城内の灯火の明かりに参戦者達の影がゆらゆらゆらゆら揺れている。そんな一揆衆の中にどこから現れたのか一人の奇妙な男がさりげなく加わわっていた。水色の髪の赤子を抱きかかえ、深緑色の短髪に茶色の瞳、黒のトレンチコートの男であった。男は一揆の参戦者というわけではなく、さりとて、王城の守護者でもなかった。どうやら男は分割世界でも有名な人物らしく、他の参戦者は口々に「サバス先生だ」と呟いていた。

他の世界でも冒険者をしていたというアイリスによると、サバスは学者であり、分割世界の様々な文物に詳しいのだという。多くの場合、冒険者とは敵対せず、今回の一揆でも参戦者達と事を構える気はないようだった。シュガーはサバスの風貌を観察して「もみあげがJの字に似ている」という感想を持つ事になった。

実際のところ、サバスはシュガーがびっくりするほど博識であり、エンブリオについても相当に詳しかった。ついでにサバスはおしゃべりだった。大廊下の探索の道すがら、サバスは一揆の参戦者に『強制型エンブリオ』についての講義を聞かせてくれた。サバスの講義は要点をついた分かりやすいもので、シュガーは大学の人気教授のことを思い出していた。

サバス先生曰く、強制型エンブリオは、

「エンブリオ側の意志のみによって契約が成立する」特殊なエンブリオであり、
「その解約の方法は判明していない」

のだという。

強制型エンブリオが亡霊のように人の目に見えない存在だとすると、さらにやっかいなことになるな、と、シュガーは思った。あるいは、強制型エンブリオが悪魔つきのようなものであるとすると、新王の乱心も強制型エンブリオによるものなのかもしれない。

その後、シュガー達はサバスと分かれ、迎撃に襲いかかってきたギリシア神話上の怪物たち（メデューサ、オルトロス、ラミア）をどうにか退け、なおも城内を探るべく大廊下を進んでいった。シュガーたちの他にも数パーティが進行を続けており、靴音が暗い大廊下にこだましていた。

廊下の先から１人のシスターがこちらに歩いてくる。シュガーと因縁のある謎のシスターであった。シュガーは密かに奥歯を噛み締めて浄眼の術式を発動させ、シスターの周囲の因果の流れを追う。輝く兜の大男と彼に従うトロイアの精兵たちが亡霊がシスターの背後に続いているのが見えた。

トロイア勢の威容にシュガーは思わず立ち止まってしまう。すぐさま怨霊召還の術式を履行して臨戦態勢を整える。シスターははたと立ち止まり、トロイアの軍勢と平家の怨霊の主力部隊とが２人を挟んで対陣する。他のパーティのメンバーは亡霊が見えないため、シスターの脇を素通りして廊下を進んでいく。しかし、シュガーは進めない。

シュガーのパーティメンバーたちはシュガーとシスターの睨み合いを固唾をのんで見つめていた。事前にシュガーは事情を彼らに話はしたが、彼らがどこまで事態を理解しているかはシュガーにも計り兼ねていた。

エンブリオでシスターを攻撃すれば、エンブリオに対する防御手段に乏しいをシスターを退けることができる。それを分かっているのかシスターはシュガーがエンブリオを消尽しつくした午後にしか姿を現さない。さりとて、パーティメンバーが生身でシスターを退けようとした場合には、シスターは亡霊を使役することができるため、亡霊に対する耐性を持たないパーティメンバーが逆に危険となる。廊下にいる参戦者達全員で協力できるのならば、シスターを袋だたきにできるのだが、他のパーティの参戦者たちにはシスターが従える亡霊は見えないし、そもそも他の参戦者たちはシスターを素通りできるのだから、苦労してシスターをどうにかしようとは思わない。

ゆえにシュガーは平家の怨霊たちを召還してシスターと対峙する。

シスターはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。微動だにしないシスターの虚ろな瞳を見据えて、シュガーにもその意志の強さが分かってしまう。他のパーティの参戦者が素通りできるのを妨げ得ないように、シスターは王城の守護者としては非力である。シュガーもまた一揆衆の中において非力であり、恐らく王には届かない。２人の怨霊拳の使い手は対峙すれども、一揆の戦況には少しも影響がないだろう。だが、それでも、亡霊怨霊の導く声があるかぎり、シュガーは一揆の進行を諦めないし、シスターは王城側に助勢を続ける。妄執じみた信念を抱けない者は怨霊券の継承者たりえないのだった。

シュガーはシスターと睨み合い機をうかがう。シスターのトロイア勢は神々の加護を受けた精兵ぞろい、弱兵のそしりをうけることまれではない平家の怨霊が正面からぶつかれば敗北はまぬがれまい。だが、ここは室内であり、霊体とはいえ一度に運用できる兵力は限定的である。加えて少数とはいえこちらには生身の参戦者がいる。平家の怨霊とトロイア勢がぶつかりあう間に、パーティメンバーがシスターを拘束してしまえば十分勝機はある。覚悟を決めたシュガーは平家の怨霊たちに魔力を注ぎ込むべく背後に円輪のイメージを作り始める。魔力の渦が渦潮のごとく回転しはじめた。

しかし、戦いが始まるよりも先に、睨み合いに疎んだシュガーのパーティメンバーが根を上げてしまった。エクレムは進行しないのなら引き上げようと続け、翻って廊下を入り口へと戻って行く。黒月もまたそれに続き、アイリスはどちらに進むべきかどうすべきかを逡巡していた。

かくして、戦うことなくシュガーのパーティは分断されてしまい、攻勢に使える戦力が半減してしまった。シュガーの勝機は失われ、できることといえば、怨霊を盾にした防御のみである。

<F5>慈<F5>悲をかけたのか、興ざめしたのか、どうなのか、シスターが輝く兜の大男の霊に目配せをすると、トロイア勢が槍の構えを解いた。シュガーはアイリスに目配せをし、大廊下の入り口へと引き返す。トロイア勢の追撃に備えて平家の益荒男たちが守りを固めるが、言に違えず、トロイア勢は追撃してこなかった。

平家の怨霊達の様々な声を聞きながら、シュガーは城内から撤退した。パーティと合流して幕営地へと向かう、その道すがら、今日も今日とてシュガーの耳元に冥府からの声が届く。春先の陽光のような明るく朗らかな声であった。

春先の陽光のような明るく朗らかな冥府の声はそんな不吉な予言をシュガーに残す。シュガーはその言葉の真偽についてはあえて口をはさまなかった。きっとそうなるだろと、思えてならなかったからである。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは時々意味不明なことを呟きますが、
　きっと怨霊と会話をしているのです。気にしてはいけません。