小華村という名の村がある。村は、海に面しているが、山も近い。山から海に向かって注ぐ川も、歩いてすぐのところにある。自然に恵まれた村だ。近くの山の尾根を越えれば、潮風の当たらぬ肥沃な土地を開墾した田畑が一面に続く。

　村には、子を成した男女が夫婦になるという風習が連綿と伝わっている。夫婦になりたければ、互いに交わり、女が子を宿さなくてはならない。互いを夫婦と定めて子作りに励む男女があれば、意中の相手と夫婦になるために、交わりを求める者達もいる。

　シュシュリは、交わりを求められる立場だった。

　顔に傷はある。しかし、農業と漁業に詳しく、剣の腕もそれなりに立つ。妻が夫よりも長じる部分を持つことは、この村では珍しくなく、それを恥辱と思う男は少ない。顔の傷も、見方を変えれば愛嬌だなどと言って、男たちはシュシュリを口説いた。百人そこそこの小さな村で生きるために、シュシュリという才ある妻は、美しい妻と同等なほど魅力的なのだった。

　シュシュリは、成人した十五のときから、二十半ばになって村を出るまで、五人の男と生活をともにした。求められるままではなく、彼女が子を宿してよいと思った男とだけだ。男に対する彼女の基準は、彼女の戦士に対する思いほど厳格ではなかったが、それでも、およそ十年でたったの五人だった。その人数は、他の女が漁る男の数よりもずっと少ない。そして、最初の男とは四年連れ添いながら、最後の男とは、僅かに半年であり、連れ添う時間は人数を経るごとに減っていった。

　子ができなかったのだ。

　最初の男と連れ添った四年間、戦士としての鍛錬に幼少期を費やしたシュシュリは、男の腕に抱かれる幸福を知った。ただ、それゆえに、子を宿せなかった事実は、女として、あるいは、生き物としての自信を揺らがせた。結局、最初の男とは、互いの幸福を願って別れた。その後、幸福を得なかったのは、シュシュリだけだった。村を出たのは、王に是非を問うためだ。そこには、自分の武を試すためという我侭があると考えていた。だが、更に奥底には、村に居づらくなったということがあるのかもしれない。いくら男の精を受けても孕まぬ自分の肉体に、愛想を尽かせて、海棠という親友をも巻き添えに、死地を求めたのかもしれない。そうだとしたら、ほとほと、我侭に過ぎた。迷惑をかけている海棠は、何より、シュシュリを想ってくれているというのに。

　父は、優れた戦士だった。もしかしたら、未だ見ぬ母は、シュシュリと同じ、子を成せない体質だったのかもしれない。成せない、というのは、間違いだ。シュシュリという、ただ一人といっても、子を成すことができたからだ。父は、母については語ろうとしなかったが、まだ希望はあるはずだった。

　血潮が不安げにざわめいていたのだろう。海棠が何も言わずに現れ、シュシュリの寝床に寄り添っている。屋根も何もない野晒しの寝床だ。雪嶺の息遣いさえ聞こえるほど静かだ。ほう、とため息をついた。小華村にいるかのように、王城内から見る夜空は澄んでいる。自分の肉体のことも、かように見通せればどれほどいいかと考え、シュシュリは目を閉じた。父が死んだ日を思い出した。父を流した小華村の海の音が、耳に蘇るようだった。