……その屋敷は、山岳の遥か奥にあるのだという。

　深く奥まったその屋敷の位置を他の探索者から買い取り、ユリアの引率の元アデルは屋敷内部に踏み入っていた。
　屋敷は古く劣化が進んでいて、内部は軽い迷路のように入り組んでいる。
　小さいというよりは雑然、もしくは狭苦しいという形容詞が似合うように思える。木枠の内装は湿気を孕み、力を込めればもぎとる事も可能なほどに柔らかくなっていた。

（『……実際手すりをもいできた探索者がいるってのがあれだが』）

　戦争に於ける略奪の是非についてアデルは何も触れない。是とも言わないし、否とも言わない。
　反乱が起きた時、略奪の対象になり得るのはアデルも同じで、しかし雇われ側になれば、略奪を起こすのもまた同じなのだ。
　傭兵であり、領主でもある。務めは全うするが、それに対して思う事など何もなかった。

　―――言うならば。
　ただ仕方なかったのだろう、誰もが生きるのに必死過ぎた。

（『そもそも、傭兵の駄賃ってのは略奪込で値引かれるのが常識だしな……』）

　お高くとまるのなら、略奪をしない代わりに駄賃を高く要求するという手もあるだろう。
　雇用主に手間と金をかけさせて尚有り余る腕があれば可能性がない訳でもない、通常ならそこまでの選り好みはしないと一蹴されるだろうが。

　元人間であり、特別な才能に恵まれた訳でもないアデルにはそのようなプライドも拘りも持ちあわせてはいない、人間をやめてずいぶん経った頃に、ようやく出来なくもない腕になった程度だ。
　幾ら聖痕を宿してるといっても特別なのは不死の身体と魔を斬る剣だけ、殺されるような傭兵はそもそも役に立たず、覚醒したてでは不老の経験もなく、魔剣も振るう人間が強くなければ意味が無い、年若いアデルは弱く、他の傭兵がしているようなケダモノじみた事にも手を付ける必要があった。

　クロガネの引率のもと、震えながら敵の狩り方を覚え、一つずつ弱さを潰していって、次第により危険な、高額な戦場へと飛び込めるようになっていった。
　高額な報酬を要求出来るようになっても特別な事は何もない、強いて言うなら非戦闘員を相手にしない余裕が出来たくらいで、代わりに戦場に立つのならどのような相手でも打ち倒し、略奪の限りを尽くす事にしていた。
　……アデルには特殊な嗜好があったが、それは今も昔も、戦場に立つ相手にだけ向けると決めている。

　これがアデルにとっての戦場のルール、悪く思われても涼しく一蹴出来るアデルにとっては当然の正義だった。

（『ま、残念ながら……別段強ければ不自由なく稼げるという訳でもない』）

　振り向いて仲間の位置を確認する、人数は滞りなく自分を入れて四名。いつも世話になっているかーこ、相方のユリアに加え、知人より幼い容姿の剣士を一人借り受けている。
　―――戦力的には申し分ない、人格も。

　仲間たちの方角からは食料を見つけただのと声が聞こえて来る、人間にとっては必要だなと思いつつもアデルにとってはそうでない、代わりに屋敷の一室に入り、砥石を一つ拝借する。

（『……うん、私はこれにするか』）

　手荷物に出来る程度ではあったが、中々にかさばる、探索を終えたらテントに戻るとしよう。

：：

「……その後、アデルは一人抜け駆けした扱いで仲間から非難を受けたのでした」
「……いや、あの子達なら食料より装備の材料が良かったっていうのはわかってたんだけどね〜？　わざわざでしゃばって食料はやめときなさいって言うのもちょっとどうかしてるし？」

　テント内、武装を解除した私室でアデルはロザリアに対して苦笑する。
　服装は白のコートにカジュアルな海色のドレス、戦闘モードでないため、口調もいつものものに戻っていた。戦況が厳しいせいか、最近は戦場なら素の話し方を維持する事が多くなっている。

「まー合流かけてる時間はなかったしね」
「そうよ〜？　屋敷ぶった切って道を作る訳にもいかないし？　そもそも今の剣じゃ力不足だし……」

　頬杖をつきながら、アデルは持ったままの羽ペンをくるくると回す。机に広げているのは領地からの報告書とそれに対する返事の手紙、後はメルンテーゼにおける取引や状況のメモだった。
　口調の緩さに反して内容はいずれも几帳面であり、領地宛の手紙には不測の事態が起きた時どこまで動かしていいかまで指示されている。
　―――指示を一々仰ぐほどのイエスマンは部下にいないはずだったが、それでも許可が降りているというのは大分違うはずだとアデルは知っていた。
　無論、使ったら使ったで報告書は書かせるのだが。

「次は森だったわね」
「ええ、ユリアちゃんとちょっと軽く、ね？　で、その後にも予定がある訳なんだけど……」
「連絡は来てるわよ」
「ん」

　こくりと頷く、視線にゆらぎはなく、その分油断がない事を示している。

「……正義は人の数だけ、お姉ちゃんはその是非を問うたりはしないわ。条件を飲むなら幾らでも取引してあげる」

　　　　　彼女の一連の動作を興味津々に眺めている。
　　　　　そして発光と共に、黒尽くめの男の胸から柄が飛び出したのを見て驚きの声を上げる。
　　　　　――しかし、抜くまでには至らなかった。

　矛先を虚空へ向け構えた槍を、
　　袈裟懸けに振り下ろしては、返すように振り上げる。
　　　多数の節から成る柄はその度に撓り、鞭の如き軌跡を描き。
　　　　節が擦れ合う連続した金属音を上げ、最後にはまた槍の形へと戻った。