「ボクの職業はそうだね――悪魔狩り、かな？」
　エヴォルと名乗った白衣の男は、確かにそう言った。
　思わず僕の脳裏には、以前見たリリスの記憶――悪魔狩りを生業とする男、ダンテック・ノエルの様子が浮かんでいた。

「悪魔は、狩る必要がありますよね」
「そうだね。確かに、悪魔は生きていてはならない存在だ」
「それで、悪魔狩りの人が何の用ですか？」
　エヴォルはこちらを値踏みするような視線で眺めながら、「別に大した用事じゃないんだけどね？」と前置きした。
「すみません。僕、急いでいるのですが」
　特に急ぎの用事がある訳ではなかったが。この男から、離れたいという気持ちがあった。

「まあまあ、そう言わないで」
　丈の合っていない、ブカブカの白衣のポケットに手を突っ込み、“何か”を取り出すエヴォル。

「……それは？」
「うん？　これかい？　これはね――」

　エヴォルは“何か”を、僕に向けて――射出した。
「！？」
「これはね――悪魔殺しの、弾丸だよ」

　僕は頭を銃弾に貫かれ、脳漿をぶち撒けた。



「また会ったわね、ノエル」
「――……リリス？」
　飾られた鉄の鎧に揺らめく松明、薄暗い通路。見慣れたその場所は、兵舎だった。
　リリスは黒く艶やかな毛髪を揺らしながら、ふわふわと宙に浮かんでいた。

「ノエル。私、貴方が女でもいいの。愛してるわ」
　こちらに体を寄せ、抱き着いてくるリリス。
「僕は男なんですけど……」
「あら、今はそうなのね。何だかんだで嬉しいわ。ええと――今はミラルカ、だったかしら？」
「……あ、ちゃんと把握はしてるんですね」

　ダンテック・ノエル。青竹色の帽子を被った、悪魔狩り組織《ブルークロス》に所属している女性。
　リリスは僕のことを彼女と勘違いしているとばかり思っていたが。
「それでも貴方はノエルよ。わかるの。ミラルカ、貴方の魔力は、ノエルと非常に近いわ。それよりも大分、膨大だけれど」
「そういう、ものなのかな」
　そう言いながら耳を食んでくるリリスを押しのけ、距離を取る。
　彼女の魔力を間近で感じていると、どうにも空腹が酷くなりそうで困るからだ。

「あん。いけず」
「それよりも教えてくれ、リリス。ダンテック・ノエル、そして君は――何者なんだ？」
「聞いて、後悔しないことね」


　　　†

　――ラウラ・レ・ファニュは、魔力感知に優れた吸血鬼である。
　今回の《始祖計画》内において彼女がミラルカ・ハウダニットの監視役として選ばれたのは、彼女自身の生い立ちやカーミラとの関係性ではなく、その高い能力を買われてのことだ。
　いついかなる場所にいようと、メルンテーゼの範囲内であればミラルカの体内魔力を感知し、その居所を特定出来る。――はずだった。

「……、“始祖”の魔力が感じられない。エヴォルめ、どうやら独断専行をしているようですね」

　このような状況は、メルンテーゼに来てから二度目だった。
　一度目はミラルカをここに放ってすぐのこと――《世界間移動》に手間取る間に、見失ってしまった時以来。

「……、このカード。切りたくはなかったのですが――」
　このままでは、計画そのものが失敗に終わりかねない。それどころか、世界すら滅ぼす魔物を誕生させてしまう危険性があるのだ。
　手段を選んでいる場合ではない。そう考えたラウラは、声高らかに叫ぶ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　サタン
「話が有ります。出てきなさい――悪魔よ」

　　　　†
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　サタン
「まず、自己紹介をしておくわね？　私はリリス――悪魔の遣わした、邪悪なる蛇」
「……サタン？」
　僕はその名前に、聞き覚えがあった。
　以前森の研究所で、ファルマと名乗る白衣（と言うには、その衣服はやや赤かったが）を着た女性が、サタンと呼ばれる悪魔を使役していたからだ。

「あぁ、そういえば貴方の中からも、サタンの魔力の片鱗を感じるわね、二つ程」
「……二つ？」
　サタンの血液は吸い、その力を手に入れた為、一つは分かる。しかし二つと言うのは――。
　　　　　　　　　　　　　　レ　プ　リ　カ
「――パロロコン。森の人工悪魔の素体となっているのは、サタンの創り出した光の蛇よ」
「……ルシファー、か」
「ええ。サタンは、ルシファーという名前も持っているから」
　僕が視た記憶の中でパロロコンは、ルシファーという創造主の命を受けて水辺で待機し、その結果ダンテック・ノエルと出会っていた。
　パロロコンとリリス。サタンの遣いであるこの両者の目的は、何だったのだろうか？
　不思議がっている僕の様子に気が付いたのか、リリスはすぐにその疑問に答える。

「サタンに――目的なんてものは存在しない」
「……え？」
「強いて言うなら、“物語”を複雑化させて、ありきたりな結末に陥ることを避けているわ」
「そんなことって……？」
　　　　　　　　　　　　　 かみさま
「有るのよ。サタンは《創作者》への反逆者。物語の枠組みを越えたいだけの、イカれたジョーカーなの」
「え、えっと……」
　リリスの言っている意味が分からない。
　神様というのは、あの神様か？　目の前のリリスのように、存在するものなのか？

「分からないならそれでいいわ。とにかく、私はサタンの遣いだから、そう簡単に死ぬことは許されてないのよ」
「いや、それこそ意味が分からないよ。僕は確かに君を、殺したはずだよ？」
　あの血と肉の味。
　それは間違いのないものであり、目の前にいるリリスは夢の中にいる何かであることを示している。
「そう、私の肉体は殺された。だけど私は夢魔なのよ」
「夢魔？」
　　　　サッキュバス　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　はいりこ
「そう。　夢　魔　。肉体が喪われても、人の心の中に　侵入む、概念のような存在」
　概念。到底信じられる話ではないが――。

「――確かに、美味しそうだ」
　眼前の彼女からは、以前程ではないが確かに魔力を感じ、僕の食欲を掻き立てている。
「そう。貴方の吸血は、力の強制的な奪取。私の魔力を根こそぎ喰い付くせば――今度こそ、殺せるかもしれない」
　リリスから、意識を鈍らせるような甘い芳香が漂う。
「……僕は」
「細かい話はここまで。――楽しみましょう？　……長い長い、夜を」

　いつかと同じ言葉をリリスは言って、誘うように両手を広げた。
　僕はリリスの甘い匂いを嗅ぎながら、柔らかな肌に密着する。

　白い首筋に牙を挿入すると、リリスの息遣いが感じられた。
　生暖かい血と共に、喉の奥にまろやかな魔力が広がっていく。思考は靄がかかったようにぼんやりとし、目の前の血液のことしか考えられない。

　僕の意識は――気が付くと、途切れていた。

実際、当たらずとも遠からずである。常人なら焼きつくどころか、脳を焼き焦がすだろうが…