―　広庭　―

　　*　*　*


　　　　―　地下牢　―

うさんくさい宗教家と人気の少ない地下牢で鉢合わせてから、3分も経っていない筈だ。
私達が逃げている間にゾンビ達は、どこか集団墓地でも一斉に掘り起こしたのかと思う程に狭い地下牢の中に溢れかえっていた。

牢の中は空な癖にそもそも地下だから換気が悪いのか、死臭が溜まって気持ち悪い。
走りながら吐き気と戦っていた私の服を、突然ボロボロの腕が掴んだ。
腕の先は、空の牢屋の中から。何もなかった所からいきなり、なんてホラー映画によくあるフラグだったんだろうが、
それが思いつけるほど私はそういうものの愛好者では無かった。坂本と同じ、私もスプラッタやホラー系は得意じゃない。

牢の中へ引き寄せられるように引っ張られ、当然私の身体は檻に勢いよくぶつかった。
ヘッドロックと言うんだったろうか？首を絞める形で巻き付いた腕と、檻の隙間に身体がうまいこと挟まってしまって逃げ出せない。

視界のすぐ横に、ゾンビのボロボロになった顔が映る。

こういう時、映画や小説じゃどうなっていた？
大体噛みつかれて死んで、自分もゾンビになるのがセオリーだろうか。


ゾンビが不揃いになった歯を剥いた。


もうダメだ、死ぬ。


強く目を瞑った後に届いたのは食い千切られる痛みでもなんでもなく。

掠れに掠れ、皴枯れた低い声だった。

意味が分からない。怖い。死にたくない。

混乱に混乱を極め、声も出ない。

怖さでばくばくと五月蠅く鳴る自分の心臓の音と掠れた低い声の奥。
何かが風を切る音が聞こえた気がした、次の瞬間。

何かの骨で出来た触手が、ぐしゃ、と潰れる音を立ててゾンビの頭を吹っ飛ばした。

いい加減見慣れてきた骨の触手の根本には、腐肉が居た。
どうやら腐肉が助けてくれたらしい、と混乱した頭なりに理解する頃には、骨の触手は私の腕に巻き付いていた。
ぐい、とそのまま手を引かれ、私は走り出す。

泣き叫ぶような坂本の弱音を吐き終ると同時、SF映画によくありそうな小さなホログラム画面が坂本の目の前に現れた。

な、何だあれ。驚きつつも目を凝らして見れば、一つは私も良く見慣れたパソコンのチャット画面だ。
何か数式のような、パソコンのプログラムのような文字の羅列が並んでいる。

いつもボソボソと喋る腐肉から聞いたことのない大きな声が上がる。

腐肉と坂本がもめている間にも、ゾンビ達はどんどんと近づいてきていた。
逃げてきた方面はもちろん、行く先にもゾンビ達が溢れかえってきている。
空だった檻の中にも、ゾンビがこちらへ手を伸ばしていて、私達に逃げ場はもうどこにもなくなってしまった。
爪が真っ黒になったボロボロの手が、再び私の服を掴みかかろうと伸びてきた。

その次の一瞬。ぶんと機械が立ち上がるような音を上げて真っ黒な穴みたいなものが私達の足元に現れた。
坂本と初めて会った時に、坂本が出てきた黒い穴に似ている。ブラックホール…みたいに見えた。

先程から危機感も混乱も最大に振りきれて、もう何が何だかわからない。
何だコレ。もういい加減にしろ。腐肉でも坂本でも誰でもいい、誰か説明してくれ。

文句も悲鳴も出す暇も無いうちに、ものすごい力で穴に引っ張られ、私の視界は真っ暗になった。

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