眠りにつく少し前の数分間、アシルはいつも自身のエンブリオに話しかける。
腹話術で喋ることが癖になっている彼だが、夜、生まれた頃から一緒にいる彼のエンブリオ、ソフィーヌ・セレアンナにはしっかりと口を開いて話す。唇の動き方を忘れないようにするためだ。(過去に動きと声がズレて気味悪がられたことがある。)

「ねえアンナ、ニコは僕より年下だと思うんだけど、結構逞しいよね」

今日もアシルはソフィーヌに話しかける。アンナ、と呼ぶのは幼い頃彼女の名前を勘違いしていたからだ。
話す内容は、いつもパーティーのことばかりだった。

『まあ、あなたよりはあの子のほうが強そうだけれど闘ってみないと分からないわよ？』

ソフィーヌは、人間とは違う、声とは思えない透き通った音で喋る。

馬鹿にしたような発言に、ほんの少し眉を寄せつつアシルは返す。

「確かに僕の力は弱いだろうけど、そういうことじゃなくてさ」
「精神的に、強いなって思うんだ」

『あら、どうして？』

早口になるとどうしても疎かになるアシルの唇をつついて注意しながら尋ねる。

「何だろう、根っこっていうのかな？そこが、しっかりしてる気がする。多分、迷ったり悩んだりする時もあるだろうけど」
「意志の強さとかそういうので、勝てる気がしないんだ」
「ニコとケンカしたら根気負けしそう」

アシルはゆっくりと口の動きを意識しながら答え、微笑んだ。
彼がここまで人について語るのを珍しく思いながらソフィーヌはきっぱりと言う。

『だってあの子は女ですもの。強かで当然だわ？』

その答えに珍しくアシルは吹き出した。クスクスと声に出して笑う。

「そっか、女の子だからかあ……。どうりで強いはずだよ」

君も強いしね、とからかうようにソフィーヌの綺麗な髪を弄る。
自慢の髪型を崩されたソフィーヌはふん、と顔を逸らし横目でアシルを睨んだ。

『でも完璧なわけじゃないんだから。いつでも強いと思わないで頂戴』

「分かってるよ、女の子はよく泣くからね」
「だからもしニコが弱ってる時は支えてあげたい、って思うんだけど……ダメかな？」

こんなことを思うのは初めてだと困惑したような表情をするアシルに心の中では驚きながらも顔には出さず、

『私に聞いてどうするのよ』
『まあ、いいんじゃないかしら。きっと、あの子もそれを望んでるわ』

と答えた。
良かった、と表情に乏しい彼が安堵したような顔をする。
ここまでストレートに感情を出すのはソフィーヌが赤ん坊の頃から一緒にいるから、という理由だけではないだろう。

（これで、無自覚だから困っちゃうわ。いつ気付くのかしらね）

はあ、と分からないように溜め息をつく。
ソフィーヌは眠そうに目を擦るアシルにもう寝なさいと告げて自身も彼の枕元に忍び込んだ。

自分の大切な子と、その子の大切な子の素敵な未来を夢見て。

「お休み、アンナ」

『お休みなさい、アシル』