■ むささび小僧（三）

「そもそも、人間が身ひとつで空を飛ぶことはできねえ。まずはそこから考えるんだ」
と、乾分たちに絵解きを始めたマニー親分だ。

むささび小僧が飛去った先の水辺を探しまわって半日、
日もとっぷり暮れてからようやく決定的な手掛かりを見つけた一行であった。
親分はそれを見てむささび小僧の正体を確信したらしい。

「でも親分、あっしらが見たむささび小僧は間違いなく人間だったじゃないですか」
と、いつものように乾分のハチベが合いの手を入れる。
「そこが肝だ。俺たちが最初に見た小僧は確かに人間だったのに違えねえ」
「アッ、てえことは走って逃げた奴と飛んで逃げた奴は別だってことですか」
「ああ、外は薄暗かったし真っ黒な格好だったから気付かなかったのさ」
「飛んでった方はあっしみてえなえんぶりおでしょうか」
「城の外で見つけたでかい羽根からするに、鳥のえんぶりおだろうぜ」
と、やはり鮮やかにからくりを見抜いた親分だ。

「あれ、でもするってえと人間の方のむささび小僧は？」
「黒装束をえんぶりおに着せたらあとはいくらでも一揆隊に紛れ込めるだろうな」
「じゃあ結局逃げられちまったってことですか」
「甘く見るんじゃねえよ。からくりがわかれば正体もわかるだろう」
「相済みません、あっしにはさっぱり」
「いるだろう、あのとき小僧が廊下から飛んでいったって嘘を吐いた奴が」
と、親分が言いかけたところでお城の方から茂みを歩く音が聞こえた。



「流石は噂に名高いマニー親分ね」と言って現れた人影。
それはまさにむささび小僧が飛んで逃げたのを見たと言った、あの娘だった。
「考えてみれば簡単だ。逃げた先の目の前におめえさんがいたんだからな」
と言いながら、親分は腰の捕縄鞭に手をかけて娘を見据える。

娘は小柄で元服するかしないかくらいの歳だ。
最初に見たときは地味で大人しい服装だったのが今は動き易い黒装束になっている。
態度も歳に似合わず不遜で、この状況でも怖じけづいていねえところは敵ながら立派だ。

「それに、ここで待ち伏せされたってことはあれも見つかったのね」と娘は続ける。
「ああ、鳥のえんぶりおだってわかったからな。樹の上に隠してあると思ったら大当たりだ」
とマニー親分が懐から出した手拭い包みを解くと、中には盗まれた小銭やら何やらが入っていた。
「盗んだものをえんぶりおに渡して隠しておけば、おめえさんは調べられても平気だからな。
　だがおかげで、おめえさんがこいつを取りにここに来るってことがわかったぜ」
何もかもお見通しの親分、これでむささび小僧も一巻の終わりだ。


「しかし一体なんでおめえさんみたいな若い娘がこそ泥なんぞをやるんでえ。
　事情があるなら話して見な。情けをかけられるかもしれねえぜ」
と、追い詰めながらも女子供には優しい親分だ。

だが意外にも、むささび小僧の娘はにやりと不敵に笑った。
「あら、まるでもう私を捕まえたみたいな言い方ね」と自信を覗かせる。
それを怪しいと思った親分が鞭を引き抜いた刹那、黒い影が頭の上を覆った。
そして、娘の体がふわりと宙に浮かんだのだ。

「理由は、また会う時に教えてあげるわ」と言いながら娘の体はどんどん上っていく。
更に上を見上げると、何羽もの大きな鳥が連なって飛んで娘が捕まる縄梯子を引っ張っていた。
「そうそう、私の名前はシーナよ。小僧と呼ばれるのは心外だからね」


娘と鳥たちが見えなくなるまでしばらく、親分たちは呆気にとられていた。
「まさか鳥のえんぶりおが一羽じゃなかったとはな。油断したぜ」と流石の親分も驚きだ。
「でもなんだか、憎めない娘っ子でしたね」と相変わらず呑気なハチベ。

「シーナか、確かにただの悪人じゃなさそうだな。それにまた会いそうな気がするぜ」
と、珍しく煮え切らない、複雑な気持ちの親分であった。

クィンは欠伸をしている…