地下牢を進む。
途中、やはり敵が出てきたが事前に準備してあっただけに、
ぬかりなく先へと進む事が出来た。
しかし……
「妙……よね。
　やっぱり。」
「ん？何が妙なの？」
思わず漏れた独り言にアルネスさんが反応する。
まぁ、分かってはいたけれど、
特に疑問とかがない辺り、
幸せね、とは思う。
“一揆がおきているのに捕まっている者の姿が見えない異常”
本来ならば罪人や、
反逆者を捕まえ投獄しているはずなのに、
その様子が一切ない事に他ならない。
既に全てを処刑したのか、
それとも何かに使ったのか、
はたまた洗脳でもしたのかは分からないが……
「――牢に人が居ない訳がないわ。
　特にこういう現状において。
　……確かに広い、
　たまたまここが人のいないエリアだったとしても……
　それでも人気が無さすぎる――」
「あ――」
その一言でアルネスさんも気付いたのだろう。
この地下牢の異常さに。
不意にきょろきょろとあたりを見回し――
「本当だ。
　……幽霊とか……」
「私がいる時点で幽霊と四六時中一緒してる訳だけど。」
「ソウイエバソウダッタネ。
　――でも、本当になんで、こんな――」
「可能性は幾つか考えられるけどね。
　どう考えても可笑しいのは確か。
　――ただ……
　一つだけ考えれる事はあるのだけど、
　多分、
　貴女には荒唐無稽ととらえられて終わるかもしれないけど。」
「うん？どんな？
　一応聞いておきたいかな？」
一つ咳払いをしてアルネスさんに向き直る。
ここで説明してもどれだけ理解出来るかは分からないし、
意味があるかは分からない。
けれども――
こわれたならば、仲間として言うべきだろう。
「――簡単な話。
　ここの王様が負ける気なのよ。」
「――はい？」
「聞こえなかった？
　ここの王様討たれる気だっていったの。
　そうとしか考えれないわ。
　罪人を利用し、
　こちらを捕らえるつもりはない。
　王様がどうしてこんな事を引き起こしたかの真意は分からない。
　けれど――」
「けれど？」
「言われているような暴君ではない事は確かね。
　――勿論、
　粛清しまくって捕まった人間がもういない路線があるのだけど……
　けど……
　それにしては血の匂いが薄いわ。
　――気のせいかもしれないけどね。
　それと、霊が少ない事に関しては、
　死霊術の使い手がいる可能性があるから、
　なんともいえないわね。
　――順当なラインだと、
　やはり倒されたがっていると考えるべきね。
　もちろん、
　倒されなかったら自分でその後を作るのでしょうけど、
　……どうしてそこまでやろうと思ったのかしら？
　悩みは尽きないわ。
　やる事だけを見据えるならば、
　こういった事に悩むのは意味のない行為だけど、
　生憎思索の時間はたっぷりある。
　まぁ、暇つぶしくらいにはなりそうね。」
「えっと……
　うん、
　良く分かってないけど……
　つまり、
　単純に暴君で敵と考えるならおかしいって事で良いのかな？」
「そういう事。
　――軍隊で潰すって真似もしてないしね。
　暴君を気取るならどこまでも横暴にで良いもの。」
「ああ、そういわれればそう……なのかな？
　私にはよく分かんないや。」
話を聞いて難しい話は苦手なのか、
悩ましい顔をするアルネスさん。
相変わらずというか、
なんというか――
「難しい事考えずに斧を振って道を切り開きなさい。
　どうせ出来るのはそれくらいよ。
　――なるようにしかならないわ。
　相手の思惑がなんであれ、
　ここを切り進むと決めたのなら。」
考えさせるだけ無駄なのは分かっている。
だったら、
考えさせるのをやめればいい。
――考えたり悩んだりしてもいいけど、
彼女はそういうタイプではない。
「それもそっか……
　うん。
　頑張って道を切り開くよ。
　斧振るくらいしか出来ないしね。」
「そんな事最初から分かってるわ。
　それに二度目よ。
　こういう話はね。
　――私はちょっとやる事があるから先に行っといて。」
「……うん。だけどやっぱりそういう事なのかなと思うと……
　……ん。分かった。
　あ。
　他の場所とか雪辱とかもしたいから、　
　ここから先はちょっと他回ろうっていってたよ。」
「承ったと伝えておいて。
　じゃ、また後でね。」
手をひらりと振って先に行くアルネスさんを見送る。
――納得はいかないみたいだけど、
きっと進む時には迷いが表に出る事はないだろう。
それでいい。
――
周囲を見回し、
誰も居ない事を確認する。
――霊の気配もない。
本来なら霊を集める予定でもあったのだが、
思わぬ所で出鼻をくじかれた感じではある、
が――
「魂を集めている存在はいる。
　それを倒せば――
　思わぬ補充になりそうね。
　そうすれば――」
力を持つ存在の力を借りれるかもしれない。
そうすれば、大分楽にはなる。
それでもこの世界における制約が働く以上、
強すぎる力を得る事は出来ないだろうが――
「さしあたって今を乗り切る力があればいいわね。
　――あら？」
そうやって悩んでいると、
不意に声が届いた。
『――いつでも傍にいる……
　力になると約束した。
　――こちらの世界で力を貸すにはまだ足りない。
　けれど――
　――ここの奥まで進んだ時、
　きっと私が力になれる時が来る。
　――お願い。
　私に貴方の力にならせて。
　微力かもしれない。
　けれど――絶対に力になってみせるから――』
それは、
この世界に来るきっかけとなった七不思議の七番目の不思議であった存在。
忘れて成仏してくれてもいいのに、
本当に私の事をずっと傍にいて見守っていたらしい。
「成仏しても良かったのに。
　――本当に酔狂というか、
　義理堅いというか……
　――まぁ、条件があるのは仕方ないわね。
　…………力になる方法はやっぱり……」
『はい。
　――エンブリオ……
　あれを媒介というか乗っ取るというか……
　……利用すれば……
　相性のいいエンブリオでないと力を貸す事は出来ませんが、
　此処に居ます。
　……他の力を貸してくれそうな人達も多分……
　そういうエンブリオを見つけたら……』
尋ねてみると、やはりというかなんというかな答えが帰って来た。
力ある存在は力あるエンブリオをもって。
順当といえば順当な話ではある。
強い存在は、
それと同じくらいの強さ、
性質の存在によって初めて現れる事が出来る、か。
もちろん、例外もあるだろうし、
性質が違ったとしても現れる事が出来る存在もあるかもしれない。
――今だ分からぬ事の方が多いのだ、
過度の期待はするべきではないだろう。
それに、私自身が強くなるわけではなく、
それぞれに意思がある。
――こちらの敵になる事はないだろうが、
エンブリオの力同士が反発する恐れがあり、
緩和する事は出来るとしても、
私の意思でそうならないようにする事は出来ない。
実に厄介な事ではあるが、
どうする事も出来はしない。
何か解決策があるといいのだけど、
生憎これといって解決策になりそうなことといえば、
私がそれらの存在と親しく絆を強めるくらいしか思い至らない。
さしあたっては――
今、私に語りかけて来ている彼女な訳だが、
そういえば、大切な事を聞いてなかったのを思い出す。
「なんらかの形でエンブリオを核に力を貸せるようになる……と。
　……全くこの世界は中々難儀なものね。
　――だけど、この世界のルールなら従わないと、ね。
　そもそも私自身に力が無いのだもの。
　引きずられるのは仕方ないわ。
　――そういえば名前を聞いてなかったわね。
　……名前は？」
『――七那(ナナ)と。
　名字はもう忘れてしまいましたから……』
「分かったわ。七那。
　改めてよろしくね。
　――全く、こんな事ならもっと早くに聞いておけばよかったわね。」
そう。大切な相手の名前を。
名前を知るというのは大切な事だと思う。
名前が無くても問題ないという人はいるかもしれない。
だけども――
名前は私が呼ぶ名前であり、
その人がそう在る証のように感じられるから。
――いつか、彼女が私の力になってくれた時、
私はもっと彼女と仲良くなる事が出来るのか。
――彼女に相応しくあれるのかは分からないけれど……
無様だけは晒さないようにはしたいと願う。
――少なくとも向けてくれた信頼を裏切る訳にはいかない訳だし。
そこまで信頼を寄せてくれた相手への義務だと思うから。
『――でも、今聞いて貰えましたから。』
「それでも、よ。
　――ここまでついて来て、
　ここにきて現れて、
　力を貸す宣言をするなんてね。
　もう少し早く……は無理ね。」
『――はい。
　こうやって話をするだけの力も溜まってませんでしたし……
　それに、ここは相性が良い場所なので。
　ここから出ればまた暫くは会話も――』
「仕方ないわ。
　元の世界でもこうして親しい相手と常に話せる訳じゃなかったし。
　……
　向こうは向こうで好き勝手やってる奴等が多いともいうけど。
　……本当に甲斐甲斐しい人ね。
　もっと自由に生きてもいいのよ？」
『……貴女にとっては些細な事だったのかもしれません。
　けれど、私にとってはどんなに報いても返し切れない程の恩です。
　――それに、あの……』
全く可愛らしい霊だ事とニヤニヤしながら対応していると、
何故か途中で急に歯切れが悪くなる。
何かを言い淀んでいるらしい。
きっと、
それを聞いたら私は少なくとも悪くは思わないし、
別段悪い話の感じはしないのだけど、
恐らくはその先をいうのが気恥ずかしいのだろう。
――本当に、
私なんかより乙女をしていると思う。
いじらしいというかなんというか。
私には真似出来ない。
そのままいて欲しくはあるけど、
私やその他の力ある霊達と関わってそれが維持できるか……
微妙な所である。
「で、何かしら？
　ご要望は？」
『わ、私達……
　その……友達ですよね……？』
「……」
『だ、駄目ですか？』
――予想はしてなかった訳ではないが、
やはり、その台詞を聞くと破壊力はある。
……
全く。
今まで私と出会うまでに彼女がしてきた事、
彼女の在り方を考えれば、
本当に……
ここまで可愛らしい反応をされるなんて思って無かったわけでなくても、
ここまで可愛い反応をするなんてと言わざるを得ない。
頷いて肯定しようと思っていても、
こんなに可愛らしい反応をされてしまっては、
意地悪の一つや二つ仕掛けたくなる。
――そんな私の性格は近くにいてみてきたと思うのだが、
気づいているのかいないのか――
恐らくは後者なのだろう。
『あ、あのー……』
「ああ、ごめんなさい。」
そうして無言でいた私に、
不安になって来たのだろう。
か弱い声で私に声をかけてくる七那。
そんな彼女に私が出した決断はというと。
「残念ながら違うんじゃないかしら？」
ニヤリと唇をつりあげ笑い、
思ってもないような事をいう。
それを聞いてショックを受けたのか彼女はがっくりとした様子で、
『そ、そうですよね……
　あんなことがあって、付き合いも浅くて、
　それに……
　迷惑かけてばっかりですし……』
呟くようにいじける七那。
ああ、もう本当に可愛らしい。
だから――
「友達だなんて言わずに親友でもいいのよ。
　運命共同体ともいえるわけだし。
　私がいて貴女がいる。
　貴女がいて私がいる。
　そして……貴女は力を貸して、
　私はこの世界を渡り歩き、
　貴女もこの世界を楽しむ事が出来る。
　……友達以上の存在よ。
　ま、流石に私に敵対的だったり、
　私を攻撃するようなのだったら、
　また話は違うけども……
　貴女はそうじゃない訳だし。
　寧ろ守ってくれる存在みたいだしね。
　――こちらからお願いするわ。
　仲良くしましょう？」
手を差し伸べて相手の好意を受け止める。
すると、
さっきまでいじけた様子だったのが一転して、
嬉しそうな笑顔になって、
『は、はい！
　こちらこそよろしくお願いします……！
　一緒に頑張りましょう！』
なんとも健気で可愛らしいという事をいってくる。
全く。
もうちょっと性格が悪くてもいいのにと、
少し苦笑を浮かべざるをえないが、
悪い子ではないし、
良い関係が築ける以上、
悪くはない、
寧ろ良い事だと思う。
――きっと運が少し向いてきたのねと感じつつ、
肝心な事を彼女に尋ねる事にした。
本来ならば私が一番ここで知りたかった事を。
「で、貴女なら感じれるんでしょう？
　残留思念はここに残っているのかしら？
　微弱なそれは私では感じ取れにくいのよ。」
すると、彼女は表情を引き締め答えた。
その答えは私の予想通りであり――
出来ればそうあっては欲しくない事実。
『いいえ、その……全くありません。』
やはり、この国の王には何か隠している事がある。

小さく舌打ちし

返事を聞き、「ああ声だけで人じゃないって解るし聴き取れるんだ…流石ですね。」とギチギチ鳴らし。