俺様は猫である。
名は無い。
ネコだろうとクロだろうと好きに呼んでいいが、天上へ引っ張られるのはゴメンだ。ニャー！

その村へと続く街道は一つだけ。
村の入り口にあるバス停がこの村に届く唯一の公共移動手段。そしてここがバス路線の終着点。朝と昼と夜と…何故か真夜中、日に4度だけバスが来る。
バス停の正面には喫茶＆軽食を経営する、田舎の農村に似つかわしくない小洒落た外装の一軒家が。
利用者は少ないが、バスに乗り損ねた人に居場所を提供する村人にとって大事な店なのだろう。
店の一番奥のソファー席には、さらりとした長い髪と日焼け知らずな白い肌をした20歳そこそこと思われる浮世離れした整った風貌の青年がいつも居座っている。
彼は本を新書から古文書までジャンルを問わず一日中読み耽り、バスに乗る様子も無く特に誰かと待ち合わせたり店員と会話を交わす事も無く。
物静かに読書するその様相は、店内装のクラシカルな落ち着いた雰囲気とよく似合い。外から店内を伺うとその人も店のディスプレイに含まれているかの様にすら見える。
青年の名前はサクライさん。店長がそう呼んでいた。

何時喫茶店に行っても、彼はその定番の席におり時間を潰して居るのだから大学生とか社会人では無いだろう。だからといって浪人生とか無職って感じでもない。無論、私のように日時に縛られない職業もあるが、そういった雰囲気もない。
ただ、その席で本を読み、時々飲み物を注文し、バスが来ると一瞬視線を向け、また読書に戻る。
何度か店に足を運び、店長に顔を覚えて貰えた頃合いに「いつも奥にいる人は常連さんですか。」と尋ねてみた。

ナンテコトはない。彼はこの店のオーナーだと。

まだお若いのに凄いですねと驚けば、そもそもこの地域の有力地主のご親族だと教えてくれた。あくせく働かなくとも悠々自適に暮らせるうらやましい御身分なのですね。
浮世離れした雰囲気もそのせいか。

と、彼がこちらを見て笑みを浮かべながら会釈した。
いつもはこっそりとだったが、今は話題にしながらついじろじろ見ていたので気付かれたか。
彼は席を立ち、こちらへ真っ直ぐ近付き「お久しぶりです。」と。
目の前に立つ彼は、思ってたより背が低い。いや、普通程度の身長なのだが、顔が小さく手足が長いのでもっと背が高そうに感じるのだ。
いやそんなことより、お久しぶりとは…？
「この道は外から村に入れる唯一の道なのですよ。」
訝しげなこちらの様子に気付いたのか、苦笑を浮かべつつも彼は淡々と勝手に話を進める。
「他の･･･道も土地も村周囲は全て封じてますから。もっともごく弱い封印なので、村に入るルートにこの主街道以外は選びたくない…そう感じさせる程度の効果です。ですがそれで十分。」
ふ…ふうい？彼の読む書物の中には、変色した古そうな胡散臭げな古文書(?)も含まれていたのを思い出す。結構…ヤバイ方向のアブナイ人なのだろうか。
「この道を通らずに村に入れる人は、ヒトではないのですよ。少なくとも、真っ当な生きているヒトでは、ね。」
は、ははは。すごいですねーと、こちらも愛想笑いをしつつ後ろへ下がる。絶対ヤバイよ、このヒト。
「ここ数日、ご自分がどちらからどこを通ってこの店に来られたのか、覚えてますか？」
そりゃあ、村の外からバスで･･･いや、バスには乗ってない。村の･･･外…
「村の内側から現れてますね。ですが貴方は村民ではない。数日内で村の中に外部から来て宿泊なさっている人もおりません。」
あー…いや別に宿とか使わずに勝手に
「村に入る存在は全て確認しております。何の為に私が此処に居ると思ってらしたのですか。」
にこやかに話していた彼の声が氷と変わった…気がした。
「まだ、いつ私と会ったのか思い出せませんか。まあ別に思い出していただく必要もございませんが。」
以前に会っていた？･･･お久しぶりは彼の勘違いでは無く？……もっと前に…彼を見て…見張って……
「未練で漂うだけでしたら見逃してもよかろうと思ってましたが。消えなさい。」
　　　き　　　　　　。



「店長？大丈夫ですか。」
我に返った店長は瞬きをする。いつも席に着いて動こうとしない朔位さんが、カウンターまで出向き自分を覗き込み顔の前で手を振っているのに気付き、慌て恐縮した。
「ぇ、あ、す、すみません気付かなくて。ご注文ですか？なんかちょっと…ぼーっとしてたみたいで……。」
「構わんよ。紅茶のおかわりを頼みます。…お疲れでしたら、今日は早仕舞いなさっても良いのですよ。戸締りは私がしておきます。」
いやいやそう云う訳にもと。一旦は断った店長だが、確かに酷く体がだるい…重たく寒気すらする。急に風邪でもひいたのだろうか？
再度、朔位さんから無理をするなと勧められ。店長はアルバイト店員に朔位さんへの注文対応と戸締りを任せ――流石にオーナーに戸締り丸投げはできない――帰る事にした。


半年ほど前。[私達]を探るモノの手が隠れ里に入り込むのを見つけた。逆にこちらから連中の背後を探る間、入り込んだ者共は好きに動かさせ、適当に調べが着いたところで脅かして追い払ってやった。
その際、少々脅しが利き過ぎたらしく。
連中の一人が、街道では無く冬の山道へ逃げ出し、そのままそれっきり村の外へ出る道を見いだせず、数日後にそいつの凍死体を回収した。
迷いの道で死んだ者は冥府の道も見つけれず迷い続けるモノと化し。
自業自得ではあるが多少はこちらにも非があるし、亡くなる少し前に取っていた行動――店に居る間の私の動きを見張る役――を続けている程度なら放っておくつもりだった。
だが今日。急に動きが活発になり店長に憑りつき私に関する記憶を探りだしたので、大事になる前にさっさと消し去る。
短時間とはいえ死霊に憑かれた店長は、生命力を酷く食い荒らされ目に見えて体調を崩しており、早々に帰させる羽目に。まあ、今からしっかり寝て休めば自然に回復するだろう。
店長の事よりも、何故急に死霊が活性したのか…？直前までこれといって不自然な気の流れも無かったし…
「あの…朔位さん？」
考え込んでいると、ウエイターが何やら小包みを持って近づいて来た。
「これ、朔位さん充てですよね？」
普通伝票が貼られた一見普通の宅配荷物をテーブルに置く。記載住所はこの店だが、宛名は私の名が。
送り主欄には　　御存知より　　と。
とても、嫌な予感がします。
「･････････これはどのようにして届いたのですか？」
と問えば、
「え？別に普通に…今さっき来た宅配便でですよ。」
と、荷物を睨む私に気圧されながらの答えが返る。
そんなものは来なかった。少なくとも結界の通り道である街道からは、宅配の車など来なかった。
人はもちろん小物の怪は結界を越えて入っては来ない。街道以外の道を通れる強さを持つモノが居れば、その強さ故に結界が破られた瞬間に感知できる。
荷そのものからは、特に不審な気は感じられず。伝票と箱の間に手紙が挿まれており。
開封し、検め。
･･･結界を破る実力があり、かつ、私に悟らせない隠蔽の力を持ち、存在を匂わすだけで死霊が活性し………私と、当主の名と、あの子らを含む一族を知る存在……

「あの女め…」

小さくつぶやき手紙を握り潰す私から、黙って震えながら後ずさるように離れ行くウエイターの姿が、視界の端に映った。


【どうせ貴方が先に全部確認するでしょうから、最初から全部託すわ。皆に確実に手渡してね。
ハッピー・バレンタイン♡ 】
以下、渡す品の包装色と対応する渡し相手の名前一覧が記入されており。


ええ、予想通り、全部事前に私が確認しましたよ。
で、渡しましたよ。

『今時ハート型なんぞどこでも買える代物で驚くに値しないが他の者と違い自分だけハートであることに一々動揺なんぞせんが一瞬でも怯んだのは確かでありまた怯む自分の姿を想定してあの女は特有の悪戯心で送り付けた』と考えた『私が不機嫌になる』ところまで、

あの女なら企んで送ったのであろうかと疑い、

イラッとする。

苛立ちを抑え当主に報告を兼ね届けに行く。　
「なんでそこまで捻くれて考えますかね。ごく普通に御好意の現れだと思ってありがたく受け取れば良いのではないかね？」
「止めてください。あの女の好意は、悪意と同じです。」
「好感を抱かれているのは気付いているのだね。」
「猫から好意を伝えられて喜ぶ鼠が居るとお思いですか当主？」
「珍しいね。君が最初から負け意識を前面に出すのは。自分を猫の前の無力な鼠だとお思いかね。」



「物の例え、です！…いいですか、ちゃんと手渡しましたからね。あの女からの貴方宛の品を。」
わたしの煽りで激高しかけ、即冷静であらんと声のトーンを戻す朔位。

「はいはい、確かに。気苦労お疲れさん。」
最後にかけた労いの言葉で
誰のせいだと言いたげな目でわたしを睨み、朔位は部屋を出て行った。可愛いねえ。

朔位さんの話になるとなにかイキイキしている気がする。
楽しそうだ。

にゃんにゃんたいむ。

どうにかバレは防げるかもしれません

ネコマタちゃんと同じ字数なのにナゼ長いと思ったのでしょう。

こんな状態※で毛糸玉にもぞもぞされると、賢明な者…
そうでなくともだいたい気がつくであろう。
※プロフィール絵参照

笑っているがそれは自分の意志から発生したものではなくてとても苦しい！
あえて言うなら深度3くらいの麻痺と衰弱と混乱…が一堂に勢揃いした…
と例えるべきなのか否か。いずれにせよ古には刑罰に使われた方法である。

とうとう、うまく歩けなくなってしまった。

俺様に続け、下僕共。

猫は咥えていたフライドチキンを脇へ置いた。

ぜぇぜぇ