テント内はいつも通りの静かさだった。
　クロガネは元より、ロザリアもそう口数の多い方ではない。

　私室にて、一人用の椅子に腰掛けたアデルは傍らのサイドテーブルに置いた水差し―――中身は酒だが――から飲み物を注いでいた。
　一口含む、味はしない。
　いい加減慣れるべきではあったが、アデルはややうんざりした気分を抱きつつそれを飲み干す。

　アデルにアルコールは効かない、嗅覚はむせるほどの刺激臭を伝えてくるが、口にした味はただの水だ。
　舌は刺激すら感じる事なく、このちぐはぐさをアデルは嫌っていたが、残念ながら普通の水はもっとまずいのでアデルに選択の余地はなかった。
　ただのジュースは高級品である、別段買えない訳ではないが、大量にストックできるものでもない。

　永生者の中は暇に飽かして美食の限りを尽くす奴もいるらしいが、何を馬鹿な、とアデルは思っていた。
　生来厳しく育てられたためだろう、アデルには贅を尽くすという発想はないし、するつもりもない。
　娯楽は戦う事と、たまに闘技場から強い女を拾って帰る事であり、それ以外の時間は政務に忙殺されている。

『身体を壊さなければ何食っても同じ』

　それがアデルの弁だ。
　つまらない発想ではない、単に実戦的な視点として贅を尽くすと過酷な環境に耐えられなくなるというそれだ。
　勿論、一方で政治的な社交にはこの手の世辞も必要になることをアデルは熟知していたが、正直堅物キャラで通した方がいいんじゃないかと思ってもいた、長生きしている分、口八丁で丸め込むのはさほど苦手じゃない。

「……流石ゲルマン系」

　ロザリアにそう言われた時はお前もだろ、とその場で切り返してやった。
　ロザリアのルーツになったニンフはドイツの妖精である。

　このように、食に対しては余り興味のないアデルではあったが今回は一つだけ例外があった。
　厳重に封をされた小さなグラス、先日一揆参加者の中から料理を得意とするものに頼んだ一品であり、強い魔力と、極上の甘さを持つハニーワインだった。

　現在、アデルの手荷物の中は食糧が大部分を占める。
　以前ミクネに頼んだ保存食の数々はまだその出番が回ってきていない、チーズは使いやすくていいとアデルは思う。
　先日城の中から見つけたこの蜜酒は、魔力もさながら味も格別だった。
　やってることはただの野盗だが今更である、少なくともアデルは手すりとかをもいだ覚えはない。

　こんなものを用意したせいか、賞金首に命を狙われる夢を視た。
　勝てない相手ではない、苦戦するだろうし、ただで済む事は絶対にないが先んじて必殺の一撃を叩き込む事は不可能じゃないように思えた。
　残念ながら、夢に終わったが。

「……出るか」

　工房へと足を進める。武装を身につけ、戦場へ出よう。


#一週間しかないのに何が出来るっていうんだ。

妖精さんは後方にぶん投げられた。