[ 自動書記文箭の閲覧 ]

どうもこんばんは、よくおいで下さいました。
ええ、あなたの事は存じております。遠方からはるばる書簡を御届け下さいましたね。
最初は戸惑った？　ああ、申し訳ありません。この場所は秘しておりますもので、書簡はあちらに届けるようになっているのです。でも、大丈夫です、あそこに住んでいらっしゃる御嬢さんは、よくここへ来て下さいますから、万一にも届け損なう事などありませんよ。

さあさあ、そちらに御掛けなさい。今宵は良い月ですし、暖かい。ゆっくり月見でもしながら、閲覧下さい。
そうだ、御酒は嗜みますか？　結構？　おや、あなたは少し急いていらっしゃる。
分かりました、無駄な御喋りはやめてしまいましょう。もっとも、御期待通りのものとは限りません。
僕の作者と僕についての閲覧など、何の価値がございましょう。しかし、興味は時に、凶器になるという事だけは、頭の隅に置いておいて下さいませ……。


とはいえ、どこから、何から、御話ししましょう？
……僕の作者が夭折した事は御存知ですか？　そうですか、御存知無い。では、その辺りも説明に加える事になりましょう。

僕はそもそも、何のために生まれたのか、御存知で？　……はい、そうです。“諸国を旅し、その土地の事を見聞きし蒐集する事”――これが、僕の存在理由であります。
けれども、僕がこのように存在してるのは、元はと言えば作者の怠惰によるものです。
彼は、この庵から出るのを厭う一方で、諸国への憧れも抱いていました。彼は今で言う、ビブリオマニアでした。後で書庫も御覧にいれます。僕の作者がどれだけの人であったか、よおく御分かりになるでしょうから……。
書物だけは人を遣って取り寄せられますが、諸国の息吹を作者は欲したのです。その土地の伝承や怪奇譚を彼は特に好んでいました。
しかし、先程も申しましたように、作者はここから動くのを嫌ったのです。
そこで彼は、僕のようなモノがあれば――と考えたようです。

どのようにして御創りになったか？　さあ……僕は、それを教えてはもらえませんでした。
僕の作者は、若くしてこの世を去ったのですからね。ええ、労咳に罹ってしまったのです。
あるいは、長く生きていたならば、教えてもらう事ができたのかもしれません。僕について彼はもっとたくさんの事を教えてくれたのでしょう。

けれど、それは叶わなかった。

僕が諸国を旅している間に、彼は、竹馬の友の前で倒れたのです。
出立する前から、なにやら様子はおかしかったのですけれど……何分、医師を嫌っていた人でしたから。
もしも誰も居ない時に倒れたならば、僕は彼の死にめに会えなかったかもしれませんね。その点では幸運でした。
でも、目を開いてはくれなかったんです、いいえ、目は開きました、時折に。ですがそれは、真っ赤な血を吐く時だけで、吐いたらすぐに、また、眠ってしまうのです。
折角蒐集した話も、無駄になってしまいました。ろくに会話もできずに、僕は生みの親と永遠の別れを告げたのです。
紅葉の季節の死でございました。
口元の赤と舞い込んできた紅葉が、よく似ていると、その時考えておりました。

あなた、人とは脆いものですよ。時に、本以上に脆いのです。


ですから、僕の中にある、作者の記述は、そんなに多くはありません。それを御了承頂けますね？
……分かりました。あなたは奇特な方だ。それでは話を続けましょう。

随分と古びてしまいましたが、これは僕が作者から賜ったものです。ずっとずっと、今でも大事にしているのですよ。
ほら、あそこに、木が見えますでしょう？　夜ですから、黒い大きな影にしか見えないかもしれません。あれは、梅の木なんですよ。5株ほどあります。枝垂れが2株に、紅が2株、白が1株。あれらは作者がここに来たばかりの頃、植木屋に頼んで持って来させたのだというのです。

彼は梅の木が好きでした。いいえ、この庭にあるとおり、草木を大変愛していたのです。今は、この老木と庵、そして僕。この3つが作者の存在を証明しているのみですね。
まあ、それに因んでか、彼はこのような、金を貼り付けた梅の形をした栞――当時は大変高価でしたでしょう――僕に下さったのです。
頂いた当時は、ひどく困惑したものでしたよ。
なにせ……贈り物など、人と人がする事ではありませんか？
僕は本。作者は人間。ほら、人と人ではございません。大きな隔たりがあるのです。僕はその隔たりを固守しておりましたし、作者の彼もまたそうでしたでしょう。
それを、急に、彼は――僕を人と同じように扱おうとしたのです。僕は、本なのにね。

え？　僕は作者をどう思っていたか？
……そうですね。とても、とても大好きでしたよ。大好きです。
彼の作品として、そして、領分を超えても良いのならば、彼は大事な父親です。

それでも、逝ってしまうときは、逝ってしまうのですから、人間は儚い。

こういった感情を、“寂しい”のだというのを、教わりました。
僕は作者との日々を忘れないで、いいえ、記録がある以上…………


……おや、眠ってしまわれましたか。遠路を急いでいらしたのですものね。疲れていても無理は無い。

まったく、話の途中で眠ってしまうなど、作者のようじゃが。
ああ、懐かしいなあ。



続きは、また明日と致しましょう。