鉄靴が石床を踏みつけ、歩みに応じて乾いた音が響く。
　石造りの建物、遥か続く通路は響く音を際限なく反響させていた。

　見渡す限りの石壁は人の腕より厚く、等間隔で続く木の扉は鉄で補強され、傍らの窓には鉄格子が嵌めこまれている。
　濃く湿気を含む冷えた地下の気配―――城内、地下牢だった。


　その地下牢の通路をアデルは闊歩する。
　通路の幅は広く、完全武装の兵士なら四人ほどは問題なく並べそうだった、牢屋をひたすら並べた通路には一定間隔でランプが吊るされ、視界は問題なく通っていた。
　アデルが身にするのは足先まで覆う白銀の鎧、チョコレート色の髪は紺の髪留めで小さくまとめられ、肩に薔薇妖精を乗せ、後ろに黒尽くめの男性と銀色の髪のエルフを従えている。

　アデルの武装、変化自在の蛇腹剣は既に鞘から抜かれ、ワイヤーを緩ませた鞭状ではなく、剣の状態で手にされていた。
　警戒状態ではないが油断もない、此処は城内、危険度こそ森や山に及ばないものの敵地であり、最終なる討伐対象のお膝元としては充分用心に値する。

「―――死霊の気配がするわ、この先に一つ、そして奥はもっと強い」
「『……ネクロマンサーか、地下牢に死霊とは、此処はカタコンベがある系の城か？』」
「霊安室くらいはあるんじゃない？」

　軽口を叩く妖精に応じ、アデルの口から発されたのは低い女性の声で語られる男性口調だった。
　柔らかい容姿とのギャップはあるが、落ち着き払った口調は重厚な鎧姿と比べれば不思議と合っている。ただ、色の薄い碧と緑の瞳はその内面を靄のように覆い隠していた。

「……違いますよ、アデル。あるのはカタコンベじゃなくて拷問部屋じゃないでしょうか、大体の城にはあるでしょうし、血がこびりつけば魔が宿る」

　銀の髪をなびかせ、大したことじゃないとばかりにエルフ―――コーデルは言葉を語る。
　別にちゃんと視た訳じゃないですけどね、と添える口調は淡々としていた。彼女にとって、これはとりわけ反応を示すような要件じゃない。自分の基準で考えればソッチのほうがありえるだろう、とその程度だ。

「『……なるほど、それは思いつかなかった』」
「アデルには監禁趣味がありませんからね……戦いは好きな癖に」

　強い女が抵抗するのは好きだけどな、と語ろうとして危険な発言になりそうになったのでやめた。

（『……死霊使いか』）

　その代わりに口を閉ざして物思いにふける、アデル本来のパーティーにはその手の魔術使いがいないため、その事項に関する事は想像と思考で補うしかなかった。
　メンバーの中で一番近いのは修道女トレニアであり、手段を選ばない彼女は闇を操る魔術を会得している。
　ただ、それもあくまで『闇魔術』止まりだ。彼女は死者を道具にする事もなければ、死者に語りかけることすら滅多になかった。
　彼女が顧みるのは生者だけであり、死者には救いすらないと断言している。

　自分は元々クロガネ以外を気にかける事はない、とはいえ、身に刻んだ使命上、相容れない相手だという事は理解している。

　死とは虚無であり、神々が人々に対して禁じた闇の鎖。
　それがアデルの世界に置ける教典の教えだ、アデルはそれほど信仰深いという訳ではなかったが、政治上決して無視は出来ない。
　それに、理由があるからこそ自分は選ばれた。

　―――それは。

　遥か古い、色あせた記憶が目の前によぎる。
　殺されそうになった一回目、あの時、あいつらは、なぜ私を殺そうとしたのか。

　息が詰まる、思いもよらない衝撃に思考がホワイトアウトする。
　力がなくてただ攫われた。ナイフを振り上げられ、自分は彼らが言う信仰と芸術の一部になろうとしていた。

「『……うん、よくわかった』」
「どうかしましたか、アデル」
「『いや、カルトってのは碌でもないなと思って』」

　私怨がある、それを思い出しただけで持て余してた戦意は固まった。

「……虐殺は余り美しいとは言えませんよ」
「『殺さない、退場してもらうだけだ。出来れば不能にしておきたいけどな』」

「上流階級」という言葉を聞き、首を傾げた。
どうやら普段の生活では縁がなかったようだ。