■ 帰らずの洞

「これがその曰く付きのほら穴けえ」とマニー親分。
その目の前にはちょうど大人ひとりが入れそうな小さな洞窟があった。
「そんな気配ですね、生温かくて気味が悪いったらねえですぜ」
と、相変わらず噂を持ち込んだ乾分のハチベが震えている。

今回ハチベが聞き出してきた噂話しはこうだ。
最近水辺の周りで一揆の連中たちが行方知れずになることがあるらしい。
仲間はすわ神隠しかと思って辺りを探しまわるが本人はおろか物の怪の影も見えねえ。
唯一見つかったのがその不気味な洞だったのだ。

それは川沿いの湿った茂みの中にぽっかりと口を開けていて中は真っ暗だ。
仲間が灯を向けてみたが先は長く奥の方はまったく見えない。
中からは時々生温かい風と、それが通り抜ける唸りのような音があるくらいだった。
一揆の連中は二の足を踏んでいたが、他に行きそうな場所もねえということで、
渋々とその中のひとりが仲間を捜しにその洞窟に入っていったそうだ。

だが、仲間はおろか捜しにいったそいつも帰って来なかったのだ。



「仲間が外で半日も待っていたのに消えちまったらしいですぜ」とハチベ。
「どうだかね、一揆が厭で逃げちまったんじゃねえか」と親分は半信半疑だ。
確かに今回は物の怪も出て来ないし詳しい話しはまったくわからねえ。
とは言え一応、とその辺りを探してみて見つかったのがこの洞穴だった。

「普通の洞窟みてえだがな」と親分は入り口の辺りを見ながら言った。
確かに真っ暗で生温い風が吹き出してはいるが、その他に変なところはない。
「何処か他の出口があってそっちに行っちまったのかもしれねえな」
「もしくは中に鬼が棲んでいて入ってきた奴を喰っちまったとか…」
「こんな狭いところにわざわざ棲むかねえ」
と、考えるだけ考えても結局何も答えは出ないようだ。

「どっちにしろ入ってみなきゃわからねえだろうな」
「でも噂が本当なら帰って来られなくなっちまいますよ」
と臆病なハチベだが、今回に限っては確かに情報が少な過ぎる。
下手に入って命取りになっちゃいけねえと頭を抱えている一行。
だがそんなところへ静かに落ち着いた声を出した奴がいた。



「そういうことなら拙僧にお任せください」
と言ったのは新しい手下で羽の生えた蛇のえんぶりお、ケンコウだ。
「拙僧は自然のあるがままをこの舌と鱗と羽で感ずることができます」
と、自慢の感覚によって洞窟の仕組みを見抜こうっていうことらしい。
「お、そいつは頼りになるな」と親分もその考えに乗ったのだった。

するすると洞穴の入り口に少し入って舌をちろちろするケンコウ。
目を閉じて瞑想するように中の空気を感じ取っているようだ。
しばらくの間そうしていたが、急に何かに気付いたように目を開いた。

「わかりましたぞ」と外の親分たちの方へ振り返ったケンコウ。
「この空気、微かにする魚の匂い、確かな間隔で吹き出してくる風、
　これはまさに呼気ですな。つまり、ここは何か大きな生き物の口の中ということです」
と落ち着いて謎を解いたはいいが、流石にこれには親分も魂消たようだ。
しばらく目を丸くしていたが急にはっと気付いた。

「そりゃわかったが…じゃあお前さんも早く出てきた方がいいな」
そう言った途端に、地揺れのように洞窟の周りが動き出した。