ゆっくりと、日が落ちていく。
　影が伸び、夜に飲まれ、闇に溶けていく。
　目が冴えるのとはまた違った感覚で、周囲の気配を色濃く感じるようになる。
　どれもこれも、かつていた世界ではもちろん、最近まで全く意識しなかったことだ。


「そりゃ当然だヨ。主殿は今までそういうモノとは全く無縁のセカイにいたんだもの」


　ニグレドはそう言って笑う。
　それは、訓練すれば水の中でも長く息が続くようになることや、長距離を走ることが出来るようになるのと同じことなのだと。
　魔力というものは、それを宿す者の限界が来るまでそうやって緩やかに成長していくのだと。


「主殿の場合は、これでも随分な急成長なのだがな」


　ルベドはそう言ってちょっと呆れていた。
　知らないことは仕方ないけれど、これが普通だとは思わないことだと、しかめっ面を作って。


――急速に魔力が高まったゆえ、属性の影響を強く感じるようになったのだろう


　クレノはそういて、尻尾をぱたりと揺らしてみせる。
　カサネの内に宿る闇の属性は、月齢の影響も受ける類のものだ。
　日が昇っている間よりも、夜間の方がその力を感じやすいのだとクレノは続けた。


――主は魔力の感受性が高い。良い影使いになるだろう…


　クレノが嬉しそうに目を細める。
　感受性なんてあるのかと問えば、大事なことだよとの答えがニグレドから寄越された。


――属性は、万物に宿る。魔力の感受性は、いわば耳だ。

「耳？」


　そう、とエンブリオ達が頷く。
　術式とは属性の力に語りかける言葉であり、感受性は属性の力がどういう状態にあるかを聞き取る耳だと彼らは言う。
　どちらかが欠けては力が求めに応えることはなく、術者の望む事象は起こらないのだと。


「我等とて、それは同じこと」


　ルベドの言葉に、またエンブリオ達は頷いた。
　彼らエンブリオは術式の代わりに契約者の強さを求める。
　己を打ち負かした者にのみ頭を垂れ、恭順の意を示す。
　だが、けしてそれだけではない。
　一方的なコトバばかりを投げつける契約者に、彼らは心を沿わせはしない。


「主殿はさぁ…なんだかんだ言って、俺達をあやすのが上手いからねェ」


　結構たらしなんだよと言われても、いまいち褒められてる気がしないのだが。


「きっかけはまぁ…アレだ。エンコサイヨウってヤツ？だけど、今じゃ俺達は俺達ナリに、主殿が大事なのヨ」


　半身を捜すためだと言って強引に契約してきたニグレドだが、ルベドがその傍らに戻った今も変わらずカサネの側にいる。
　乗りかかった船だというよりは、望んで側にいるのだと笑う。
　溜息混じりにそうかよと返しては、その素直でない反応に文句を言う獣達とのやり取りを、カサネが本当のところは気に入っているのすらきっと本当はバレているのだろう。

　先の見えない不安以上に、その穏やかな日々はカサネをゆるりと捕らえていく。
　彼らのいない日常が考えられなくなる程度には、彼らに心を許している自覚はあった。
　それが危ういことだという自覚も、ないわけではない。
　でも、だが、しかし…
　いくつものコトバを並べ立てて、カサネは往生際悪く己の中の脆く柔らかい部分を、必死で見ない振りをする。







　臆病な青年がそうしてようやく自分の心を守っていると思い込んでいるのだと、獣達は既に気付いているのだけれど。